耐え忍ぶということ | 津々浦々を徒然と行く。

津々浦々を徒然と行く。

まあ、色々と。色々と。

天災の多い日本だからか、耐え忍びやり過ごすということは美徳とされている。


それが一般的な精神論に到達し、例えば会社内で上司の理不尽な要求も耐え忍び活路を見出して行くようにと長年に渡り教え込まれてきた。


最近では、欧米の文化や考え方、価値観も浸透し

「自らに課された理不尽に何の声もあげないというのは、損失だ!」

という考えかたもある。




確かにその通りだ。



どちらにもどちらの意見があり、それはこの世界において普遍の価値観である。
その価値観の前では多数決もマイノリティもない。

各々が各々の国の価値観を大事にせねばならない。



与えられた理不尽を糧にできるのであれば、耐え忍び
それがマイナスにしかならない理不尽であれば声を上げる。

もともと集団生活に重きを置く日本だ。
このような折衷案があっても良いだろう。



だが、人間
己のうちから溢れる欲望にはなんとか耐え忍びたいものだ。

それこそ理不尽でもなんでもないただの欲望なのだから。


その欲望が自分を成長させてくれるもの・・・たとえば将来の夢のような、何かになりたい!というものならいいだろう。




だが物欲は抑えたい。
果たして本当にプラスになるのかをしっかり見極め、いらないと思えば耐え忍び欲望が消えて行くのを待つのが大事だ。













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万年筆また買った(・ω・`)







仏教の考え方としては、輪廻を繰り返しながら その与えられた生の中で徳をつみ いつかその輪廻を解脱するということらしいが












なんだこの『ふりだしに戻る』感




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超かっこいい(´Д` )