ながれたり 宮沢賢治

夜はあやしく陥りて
ゆらぎ出でしは一むらの
陰極線の盲(しひ)あかり
また螢光の青らむと
かなしく白き偏光の類
ましろに寒き川のさま
地平わづかに赤らむは
あかつきとこそ覚ゆなれ
(そもこれはいづちの川のけしきぞも)
げにながれたり水のいろ
ながれたりげに水のいろ
このあかつきの水のさま
はてさへしらにながれたり
(そもこれはいづちの川のけしきぞも)
明るくかろき水のさま
寒くあかるき水のさま
(水いろなせる川の水
水いろ川の川水を
何かはしらねみづいろの
かたちあるものながれ行く)
青ざめし人と屍(しかばね) 数もしら
水にもまれてくだり行く
水いろの水と屍 数もしら
(流れたりげに流れたり)
また下りくる大筏(おほいかだ)
まなじり深く鼻高く
腕うちくみてみめぐらし
一人の男うち坐する
見ずや筏は水いろの
屍よりぞ組み成さる

髪みだれたるわかものの
筏のはじにとりつけば
筏のあるじ瞳(まみ)赤く
頬にひらめくいかりして
わかものの手を解き去りぬ

げにながれたり水のいろ
ながれたりげに水のいろ
このあかつきの水のさま
はてさへしらにながれたり

共にあをざめ救はんと
流れの中に相寄れる
今は却(かへ)りて争へば
その髪みだれ行けるあり
(対岸の空うち爛れ
赤きは何のけしきぞも)
流れたりげに流れたり
はてさへしらにながるれば
わが眼はつかれいまはさて
ものおしなべてうちかすみ
ただほのじろの川水と
うすらあかるきそらのさま

おお 頭ばかり頭ばかり
きりきりきりとはぎしりし
流れを切りてくるもあり

死人の肩を噛めるもの
さらに死人のせを噛めば
さめて怒れるものもあり

ながれたりげにながれたり
川水軽くかがやきて
ただ速(すみや)かにながれたり
(そもこれはいづちの川のけしきぞも
人と屍(かばね)と群れながれたり)
ああ流れたり流れたり
水いろなせる屍(しかばね)と
人とをのせて水いろの
水ははてなく流れたり

(文語詩未定稿より)