百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)/祥伝社

2014年、10冊目。中田永一『百瀬、こっちを向いて。』

青春ものの短編集。


百瀬、こっちを向いて。

大学卒業を控え、故郷に戻った相原ノボルは偶然、先輩である神林徹子と出会い、高校時代を振り返る。

目立たず、同じようなクラスの障害物的立ち位置にいる田辺とともにひっそりと生活していた相原だったが、幼馴染で3年のバスケット部の宮崎瞬との会話でその環境は変わってしまう。

学校で有名なお嬢様神林先輩と付き合っているという噂の宮崎だが、相原は偶然、宮崎が他の女生徒と歩いているのを目撃していた。

宮崎が神林と付き合いながら二股をかけているのではないかという噂は本当だったのだ。

相原に対し、宮崎は一つの頼みごとをする。宮崎と歩いていた女生徒百瀬陽と恋人のふりをして欲しいというのだ。

戸惑う相原に対し、百瀬は積極的に学校で恋人のふりをするが、学校を出れば全くの他人だ。

時折、宮崎や神林とも話すようになえうなかで、百瀬は鬱屈を抱えるとともに、相原も神林を騙すことの心苦しさを感じていた。

そういったことにも思い至らないように、宮崎はダブルデートを企画するが・・・。




なみうちぎわ

1997年の春、姉と同じ高校に入学した餅月姫子は登校拒否の小学生灰谷小太郎の家庭教師をすることになる。

生意気な小太郎と姫子は少しずつ親しくなっていく。

しかし、学校の教師井原に不信感を覚えたことで周囲を信じられなくなった小太郎は、気安くなりながらも姫子を完全に信じたわけではない。

海に漂う漂流物が流木なのか人間なのかという議論の果て、海に泳ぎでた小太郎を助けた姫子は身代わりとなって溺れ、遷延性意識障害に陥る。

生きながらも全く反応せず、回復の見込みもない姫子は病院から出され、自宅での介護生活に入って5年。

2002年、突然目を覚ました姫子は環境の変化に驚くとともに、高校生になった小太郎に再会し、目を見張る。




キャベツ畑の彼の声

テレビ雑誌の編集をやっている叔父から受けたアルバイトは「テープおこし」。

作家北川誠二のエッセイをおこすという仕事だったが、その声を耳にし、小林久里子は驚いた。学校で人気の国語教師本田の声だったからだ。

叔父に問うても答えてもらえない久里子は本田から出された宿題の最後に、本田が北川誠二であることを問うた質問を付け加えた。

翌日、本田に呼び出された久里子は真実を知る。

秘密を共有したことで親しくなっていく二人だったが・・・。




小梅が通る

松代と土田とともに地味で目立たないグループに属する春日井柚木。

教室でふざけていた山本寛太が三人にぶつかってきたことの謝罪として渡してきた焼肉チェーンの割引券を家族とともに利用した柚木は、レジカウンターに立つ寛太をみて動揺する。

いつも学校でしているブスメイクをせずに、素顔だったからだ。

元女優の母譲りの美形の柚木は子ども時代からモデルに抜擢されたり、学校でもチヤホヤされてきたが、親友らの心無い言葉に傷つき、転校を機に自身の素顔を隠すブスメイクを施すようになっていたのだ。

そんななかで得た松代や土田とのグループは柚木にとって心安らぐ場所だったのだ。

その環境を守るべく、咄嗟に柚木は自身を柚木の妹小梅と名乗り、寛太を誤魔化す。

しかし、翌日から寛太は柚木に小梅と会わせろと詰め寄るが、柚木は寛太に出来そうもない条件を出して寛太を誤魔化そうとするのだが・・・。




この手の青春ものは大好きだが、どちらかというと中編から長編のようなものが好きだ。

その意味で、今回の作品群ももっと長いものが読みたかったというのが偽らないところだが、それでもこの短編群も非常に味わい深かった。

特に、表題作である「百瀬、こっちを向いて。」が良かった。

説明しにくいが、ヒリヒリしたような空気感とか、語られない背景とか、思いとか、そういった色々な欠片をどのように想像するかで、かなり印象も変わってきそうな作品だ。

もっと長く読みたいと思う反面、この短さの物足りなさが、この作品には似合いなのかもしれない。

他の作品も良い作品が多いが、海で溺れて意識を長期に失うだとか、ブスメイクをするだとか、ちょっと設定を盛ったことで、興趣がそがれてしまった部分もあり、その点がちょっと残念だった。

ただ、全般に非常に良い一冊だったことは間違いがない。


お奨め度:★★★★☆

再読推奨:★★★☆☆