2012年、72冊目。楡周平 『羅針』
水産会社の機関士の物語。
特に、荒れた二回の航海の様子が中心に描かれる。
関本源蔵は富国水産の機関士。
新造の大型高速冷凍船栄進丸(3000トン)の建造に立ち会った関本は北洋への航海に赴く。
出航間際に次男隆俊が怪我をするが、それでも出航を遅らせるわけにはいかない。
北洋までの航行は順調だったが、漁場では低気圧が接近し、海が荒れ始める。
船団の母船である瀬戸丸や最新鋭の栄進丸は問題がないが、漁場を行き交う独航船は100トンもなく、危ぶまれる。
予想以上に発達した低気圧は、栄進丸が独航船が展開する船団に合流するときには、完全に船団をその懐に呑みこんでいた。
船団に追いついた栄進丸のブリッジから関本は独航船がSOSを発信しつつ、海に呑まれていくのを目撃する。荒れる北洋にあって、栄進丸も如何ともしがたいのだ。
独航船の悲運を悼んでいる暇もなく、大きなピッチのうねりのなかで、栄進丸にも危機が訪れる。
波に翻弄される栄進丸は、時折、船尾のプロペラが水面から露出し、空転するようになる。
空転による急加速と再度の水面入りでの急減速による負荷はエンジンを痛めつけ、最悪は破壊に至る。エンジンが停止すれば、風雨に抗すべくもなく、船の顛覆は避けられない。
最悪の事態のなか絶望に打ちひしがれるものが出てくるなかで、関本は子どもの頃、サイパンから本土へ引き揚げた際の絶望感を思いだし、それと比較して勇気を奮い起こすのだった。
辛うじてエンジンは停止することなく、栄進丸は翌日の昼に時化が止むまで苦闘を続けることとなる。
この時化による犠牲は独航船2隻。
この航海後、横浜に家を構える予定の関本だったが、結局のところ東北の駒木に居を構えることとなった。
岳父坂巻繁治郎の家の裏に家を建てたのだ。
その後三等機関士から二等、一等機関士と順調に出世した関本だったが、そこでぱったりと昇進が止まってしまう。
しかし、それでも駒木においては高給取りの部類に入る関本のもとへ、枝川俊雄が父に伴われてやってきた。
赤貧家庭にあって私立大学を2年で中退した後、就職したものの、長続きしないのだという。そして、船に乗ることを頼みに関本のもとを訪れたのだ。
生気のない返事を繰り返す枝川を信用できない関本は躊躇するが地方の名士である繁治郎の顔を潰すことを恐れ、枝川を会社に紹介することとした。
一方で、子ども時代とは異なり、会話を交わすことの少なくなった長男秀俊に、枝川と同じく通じないものを感じる関本は家庭を空ける期間が長いこともあって不安を募らせる。
高二になった秀俊に、進路を尋ねる関本だったが、その返答は要領を得ず、苛立ちが燻りはじめる。
発展途上国の安い労働力の影響もあってか、国内の海運・漁業には暗雲が立ち込める。関本の属する富国水産もまた経営合理化方針のなかで、会社を水産事業と海運事業に分けることを決め、関本ら従業員に対して、分割後のどちらの会社に籍を置くのかを迫るのだった。
そんななか、かつて栄進丸で機関長として関本の上司でもあった世良の尽力もあって、関本の機関長就任が決定する。
次回の南氷洋への捕鯨船団母船大鷹丸で一等機関士を務めた次の航海から機関長だという。
機関長が決まったお祝いを関本の弟良治が開くが、秀俊が帰ってこない。
秀俊は関本の昇進祝いのネクタイを買いに行っていて帰りが遅くなったのだ。
しかし、これまでの秀俊への苛立ちや、帰りが遅くなったことの不安もあって、関本は帰ってきた秀俊を殴りつけてしまう。
溝が埋められないまま出航の日を迎えた関本は秀俊と会話を交わそうとするが、うまくはいかない。
神戸港から出航した大鷹丸は機関長に世良を乗せるほか、枝川俊雄を事業員として乗せていた。
大学にも通い、社会への不満を抱えた枝川は事業員の仕事を小林多喜二の小説に重ねるとともに、関本の待遇、境遇を皮肉る。
枝川の甘さにイラつきながらも、一面の真実をつく言葉に言葉を失くしてしまう関本は、枝川に秀俊を重ね、自身のこれまでを顧みるのだった。
漁場に入り、捕鯨が始まると、少しずつ枝川も変わっていくが、それでも最後の最後で枝川の本質が変わることはなかった。
そんなとき事故が起こる。
枝川が最後に手にしたワイヤーが外れた拍子に他の事業員を直撃し、その事業員を死に至らしめたのだ。
必ずしも枝川に責任はないとされるが、枝川が責任を感じないわけはなかった。
そんなとき、キャッチャーボート第三栄潮丸の機関長が急病で倒れ、関本に代理での派遣が求められたのだ。同じく甲板員が骨折したこともあって、更に一人を派遣することが必要となったことを受け、関本は枝川を連れて行くことを進言する。
枝川の上司が、新人ながら枝川にはケを読む能力があると太鼓判を押していたのだ。
現在の環境から離すことが枝川にとっても良いと考えた関本は船団長の許可をとり、枝川を伴い第三栄潮丸に乗り込んだ。
キャッチャーボートでの捕鯨に驚嘆する関本の一方、少しずつキャッチャーボートに枝川も馴染んでいく。
しかし、海は荒れはじめ、時化に突入する。
時化のなかでも順調に作業を進めていた第三栄潮丸だったが、突然異音に襲われる。
ブイに備え付けたロープが伸びてプロペラに巻き付いたのだ。逆回転で外そうとしたものの失敗。
近くの僚船に助けを呼ぼうにも遠方にあって、なかなか間に合わない。加えて、周囲のパックアイスが迫り、第三栄潮丸は氷に囲まれてしまう。
更にシャーベット状になった氷が取水口を塞ぎ、エンジンを停止させてしまう。
エンジンが停止すれば電力は全てバッテリーに頼るしかなく、明かりも通信も間もなく途絶えてしまう。
最後の通信を発した後、関本は船長と諮り、船を閉ざした氷を踏破し、海まで出て救助を待つしかないという結論に至る。
しかし、必ず僚船が迎えに来ているという保証もなく、加えて、遭遇する場所を決められるわけでもない。
退船にあたって、遠方を臨むと約7マイル先に海が見えるという。
留まれば死を待つばかりという消去法のなかの決断を経て、退船した二十二人のクルーは雪原を進む。しかし、複雑に絡まりあったパックアイスは2メートルから3メートルに立ち上がり、彼らの進路を塞ぐ。
気持ちの折れた枝川は遺書を書き始めるが・・・。
全般に面白かっただけに、ちょっと航海の様子がブツ切りになってしまったようなところが惜しい。
確かに前半に描かれる北洋への冷凍船での航海の様子も興味深かったが、やはりクライマックスとなる南氷洋で氷に閉じ込められる苦難の脱出行がメインとなるのでしょうから、前半を切ってしまっても、もうちょっと一回の航海に軸を置くべきだったような気がします。
確かに、陸に残す機関士の家族の問題は、機関士の実態を描くうえで欠くことはできないのかもしれませんが、そことクライマックスの航海がうまく結びついていないだけに、ちょっと長男との擦れ違いを描く中間部が全体を通してみれば間伸びしてしまったような感じがあります。
興味深くはありますが、なかなかドラマが生じない展開に、つい読むのを止めてしまいそうになりますが、通してみれば後半部の盛り上がりで意外に面白い作品でした。
そういう意味では、全体のバランスがちょっと勿体ないと言えるかもしれません。
お奨め度:★★★☆☆
再読推奨:★★★☆☆