Hananosakuradori2012年、93冊目。荻原浩 『花のさくら通り』



シャッター商店街再生に巻き込まれた零細広告社の奮戦記。





社員4人の零細広告会社ユニバーサル広告社はオフィスを移転する。



移転先は東京から離れた桜ヶ森にあるヒル・フォレスト・ビル。



その名前と裏腹に、引っ越しの荷物を積んだトラックが着いたのは、シャッター通り一歩手前のさびれた商店街『さくら通り商店街』にある菓子舗「岡森本舗」。



岡森本舗の店舗2階が新しいオフィスだ。



唖然とする杉山、村崎、猪熊エリカといった社員たち。



東京に戻りたい面々だったが、大得意である帝国エージェンシーのCD乃塚の紹介である以上、簡単に引っ越すわけにもいかない。



しかし、かつて帝国エージェンシーに勤め、乃塚の1年先輩でもあった杉山は、この転居が乃塚の嫌がらせであることも十分わかっていた。それでも帝国エージェンシーとの仕事のためには我慢しなければならない。



離婚を機に帝国エージェンシーを辞め、ユニバーサルに入った杉山は、他社へのステップアップを逃したまま、いつのまにかずるずるとユニバーサルでの主力となっていた。



離婚により手放した娘早苗からの葉書が楽しみな杉山だったが、元妻幸子の再婚を機に、寂しいながらも早苗との接点を切るべく、転居先の住所を秘密にするのだった。





さくら商店街は、古刹「行覚寺」の衰退や鉄道路線から離れてしまったという立地条件の悪さから、過去からの因習を営々と守りながら衰退の道を進んでいた。



そんな商店街にあっては、若い跡取りが育たないなかで、商店街の店々は徐々に閉じていくばかり。



商店会も、会長の煎餅屋「丸磯」磯村や、蕎麦屋「藪八」など古老が商店会の首座を占め、新たな取り組みを否定する。相対的に若いとされる中堅層の声もなかなか取り上げられることはない。



かつて存在した桜並木も伐採され、その意義も見失われるなかでも、6月に「さくら祭り」を実施することが決まるが、過去の踏襲だけが指針で、新たな取り組みは見られない。



廃業した印刷屋に代わり、岡森本舗の若主人岡森守からさくら祭りのポスター製作を引き受けたユニバーサル広告社では、(単に過去踏襲のポスター印刷だけを請け負ったことを承知しながら)利益度外視で、新たなさくら祭りのコンセプトから広報戦略までを提案する。



杉山の抑揚に富んだプレゼンテーションは商店街の実力者「すみれ美容室」寿美代らにも好評のようだったが、最後には否定されてしまう。



岡森もまた無責任な余所者に裏切られたような思いで杉山を見つめ、杉山も戦略の失敗に気付く。



岡森本舗の3階に住むことになった杉山らは地域の活動にも積極的に参加していく。



放火犯の増加に伴って、岡森らの提案により始まった夜回りに、杉山らも参加する。



また、桜ヶ坂でも放火事件が発生したことで、さくら通り商店街と反目する新興住宅街桜ヶ坂の若い店主たちも、この活動に参加する。



間もなく修業に出ることを余儀なくされている行覚寺の跡取り息子光照の指摘で、犯人像に近づいた面々は、杉山の指揮のもと犯人確保のための作戦を練る。



杉山の作戦、そして杉山の観察眼もあり、見事、放火犯を現行犯で確保することに成功し、少しずつ杉山たちも街の若手らに親しまれていく。



一方、この放火犯確保の騒ぎのなか、光照は、最近知り合い、付き合いたいと願っていた初音が教会の牧師の娘であったことを知り、ショックを受ける。また、隠していた自身の正体がばれたことも気持ちを重くしていた。



ロミオとジュリエットのような関係に見えながら、初音は全くそんなことを気にしてはいなかった。



修業に赴く光照を「待つ」とは言わない初音に、光照は落胆するが、初音は待つのではなく、修業の光照を追うことを決めたのだった。



さくら祭りにはユニバーサル広告社も協力し、出店する。社長の石井もこんなときには役に立つ。



このさくら祭りを通じて、地場に根を張った岡森たちの思いを感じる思いの杉山と、客を呼び込むための努力をなおざりにしてきた自身たちの怠慢に気付いた岡森たちは、さくら通り商店街の再生に向けて同じ方向を向くようになっていった。



「さくら通り再生プロジェクト」(リニューアル協議会)を立ち上げた岡森と杉山たちは、課題をいくつか出し合い、問題点の解決を進めようとする。



まず、手始めは商店街の価格戦略をスパイし、さくら通り商店街を窮状に追いやっているスーパーマーケット、デイリーキングへの対抗策だ。



スパイを見張った杉山らは、スパイに偽の価格情報を提供し、デイリーキングを混乱させ、一泡吹かせる。



しかし、これでは抜本的な解決にはならない。



そこで目をつけたのが、桜ヶ丘ニュータウンの住民を顧客にすることだった。



ニュータウンの住民も高齢化が進み、買い物に出るのも億劫になっているはずなのだ。



ゆくゆくは送迎バスなどを考えることとして、まずはさくら通り商店街からの青空出店を企画する。



最初の1回こそ失敗したものの、顧客の視点に立ちかえった面々は工夫を凝らし、2回目以降を成功に導く。






更に、リニューアル協議会は「さくら通り商店街」をPRするCMを作りたいと言い出した。



自身の出演を条件に寿美代も500万円を出資すると言い出す。



製作費の多額さ、そして媒体確保の困難さを十分知る杉山は困惑しつつも、知恵を絞る。



商店街再生のためのCMプラン等のアイデアを秘め、杉山らユニバーサル広告社は魑魅魍魎どもの救う商店会の会議に乗り込んだ。





面白かった。



いくつかの物語で構成され、また、それぞれ登場人物ごとの物語がある。



それらが重なり合って、大きな流れを作っていく。



そんななかで、ちゃんと主人公の存在感は大きく、話全体の座りが良い。



楽しく、そして安心して読める作品だった。



若者(?)と老人の世代間の抗争、旧市街と新興住宅地とのいざこざ等、うまくいろいろな物語が混じって面白い。



主人公の杉山は勿論、光照と初音のロミオとジュリエットコンビなど、それぞれにキャラクターが光っている。



寿美代の話などは若干大ぼらの類で、ちょっと興醒めではあるものの、比較的無理なく、大きく広げた展開を破綻なく、ラストへ持ってきて、読後感も非常に気持ちが良かった。



お奨め度:★★★☆☆



再読推奨:★★★★☆