Siawasenojouken2012年、84冊目。誉田哲也 『幸せの条件』



落ちこぼれOLがなぜか農業に飛び込み、そのなかで幸せの意味を知っていく成長譚。





序章 社長の用件



三流大 理学部卒の瀬野梢恵は2年前、荒川区にある理化学実験ガラス器機専門メーカー片山製作所に拾われる。



しかし、専門的なことは何もできない梢恵は社長室付きで在庫管理や伝票整理という仕事を任されるが、そんな仕事ですら梢恵にとっては重荷の毎日。



そんな梢恵に社命が下った。



片山社長が制作したバイオエタノール精製装置売り込みのために、長野県の穂高村でバイオエタノール用の米を休耕田に作付けするよう依頼してくることだ。





第一章 最初の出張



突然のことに戸惑う梢恵は反対の声を得ようと恋人智之に相談するが、智之は梢恵の憤慨に共感するどころか、当たり前のこととして梢恵を諭す。



また、併せて、梢恵と距離を置くことを切り出し、梢恵の長野出張は好機だと仄めかす。



穂高村に向かった梢恵だったが、片山社長の言葉とは異なり、農協の協力を得ることもできないままに、休耕田を有するであろう農家を訪ね歩くが、バイオエタノールの話をするなり、相手にしてもらえない。



仕方なく、農協やユースホステルで聞いた農業法人『あぐもぐ』を訪ねた梢恵を『あぐもぐ』社長安岡茂樹の妻君江は優しく迎え、食事でもてなす。



しかし、社長安岡茂樹は、バイオエタノールの経済性のなさを論うとともに、計画性・企画性のない梢恵を批判する。



再度勉強し直して、農家でのエネルギーも含めた自給自足を提案する梢恵だったが、茂樹には届かない。しかし、かつて自身でもバイオエタノールを検討したことのある茂樹は、梢恵の理解のなさを見かね、梢恵に『あぐもぐ』で働くことを勧める。





第二章 現地の人々



動顛する梢恵だったが、梢恵の相談を受けた片山はそれを承認するばかりか、梢恵が片山製作所に不必要な人間であることを仄めかすのだった。



退路を断たれた梢恵は『あぐもぐ』で働くこととなる。



何もわからない梢恵だったが、君江は勿論、東京好きの娘朝子、そして『あぐもぐ』の社員たちも梢恵を温かく迎える。



少しずつ作業をおぼえ、茂樹の薫陶も受け、梢恵は新たな世界に溶け込み始める。





第三章 決断のとき



片山社長から書類の在りかを訪ねられたために一旦、東京に戻った梢恵は、そこで東日本大震災に遭遇する。



『あぐもぐ』が無事だったことに安心する一方、東北地方の被害を見るにつけ、東京で片山製作所の片づけを手伝うよりも、『あぐもぐ』で農作業の戦力として働き、被災地に食を届けることの優位性を感じた梢恵は、片山に断ると長野に戻った。





第四章 農業の諸々



4月に入り、本格的な農作業が始まった。



畔塗りなど新しい作業に目を見張る梢恵。



そんなある日、茂樹が紛失した携帯電話を探しに、夜になってから、日中作業した田圃を見に行った梢恵は、偶然、隣接する雑草だらけの田圃に腰をかがめている田中文吉を発見する。



声をかけた梢恵から逃げるようにして去った田中のことが気になった梢恵は、君江に焚き付けられたこともあって、田中の家を訪ねた。



口の重い田中が繰り言のように語ったのは、農業を継ぐ気のない息子への悲しみと、地盤改良と称して建築廃材を投棄されてしまった田圃についての嘆きだった。



夜間に田圃にしゃがんでいたのは投棄された廃材を秘かに拾い出しているところだったのだ。



未だに田中のことを尊敬している茂樹に、どうしようもないところも見られたくない田中は、田中の手伝いをしたいという梢恵に、日中の茂樹の行動を教えて欲しいと頼む。



茂樹が田中の田圃近くに来ないのなら、日中に作業ができるからだ。





第五章 最後の奉公



福島で農業を営む茂樹の従弟西田誠一の家は稲の作付制限のため収入の道を断たれ、茂樹のもとに家族四人で身を寄せることとなる。



原発、電力会社への不満を口にする西田に、無意識のうちに原発由来の電力を享受してきた東京の人間として、気まずい思いをする梢恵だった。



梢恵が、少しずつ『あぐもぐ』の人間になっていくなか、茂樹を訪ねてきた田中は休耕田に梢恵の提案したバイオエタノール用の米を植えることを依頼する。



更に、事故のために無農薬の米作りに失敗した田でもエタノール用の米の育成の申し出があるなど順風が吹き始める。



一方で、籾殻を使ってのバイオ燃料作りを提案する仲間もあり、梢恵は片山に連絡すると、籾殻でも米ヌカや野菜クズでも糖化・発酵させられる装置の開発を依頼する。



7月に入り、農作業は繁忙を極め、戦力となっていった梢恵もまた、眠る暇もなく働き続ける。



そんなある日、装置ができたことを告げる片山の電話を受け、梢恵は(東京に憧れる朝子を連れて)一旦、東京に戻る。



片山は出来上がった宋とを梢恵に見せる一方、成長した梢恵に目を見張り、クビを告げる。



しかし、その言葉にもはや梢恵が怯むことはなかった。





終章 幸せの条件



東京から戻って、夏の修羅場を梢恵は働きぬき、そして収穫の季節。



収穫した米でバイオエタノールを精製すると・・・。





冒頭の苛々する感じから一転、爽快・痛快な気分になる作品。



主人公のいい加減さに、とにかく読み始めはイライラして、本自体を叩きつけてみたくなったり、胃が痛くなったりと、もう散々な気分にさせる。



ただし、途中から主人公が突然変貌をとげる。まぁ正直なところ人格が変わりすぎと思わなくもないのですが・・・。勿論、冒頭のようなあまりにもひどいキャラクタでは、受け入れ側がどんなに包容力があっても、受け入れきれないとは思うので、さすがに物語の流れ上は仕方がないのかもしれません。



この途中からの主人公の成長譚が、農業の流れの紹介とうまくマッチして、非常に読みやすく楽しい。



昨日の敵は今日の友のような、田中との交流も何だかイイ。



それにしても、この作者って、いろいろな作風の作品があって楽しい。



どちらかというと姫川玲子シリーズが人気を博しているようだけれど、個人的には、この作品や『世界でいちばん長い写真』 のような作品の方が好みかもしれない。



また、こんな作品に会えることを楽しみに待ちたい。



お奨め度:★★★★☆



再読推奨:★★★☆☆