「こんちh」「遅いっ!!!」
気だるい感じで教室から遠く離れた生徒会室にやってきた俺を待ち受けていたのはドロップキックだった。
これも慣れてくると人間というものは不思議なもので、極力威力を殺しつつ彼女にも傷を与えないやり方でこれをいなす術を最近では実行している。自分でも何に精力を傾けているのだか。
「くっ……遅いってなんだよ、お前らのクラスは今日SHR無かっただろうが、こっちはこっちで色々雑務があってだなぁ……」
「うるさい、言い訳すんな雑用」
「いや俺生徒会役員……」
「うるさい雑用。ただでさえ憂鬱な仕事を私一人にさせたままで平気な顔してるってのが理解できない」
「……はいはい」
彼女は尊大な姿勢を崩さずにまた膨大な書類の前に座る。彼女は、特別推薦枠でありながら勉強特待で入ってきた奴らよりも頭がいい、何せ新入生挨拶をつとめるくらいだ、それはもう俺の理解の外と言うやつだ。
理解の外と言えばもう一つ、表面は優等生をしているがこの部屋の中でだけ彼女は仮面を外し凶暴で尊大な女王様、いやわがまま娘へと変貌するのである。
さっきの蹴りの理由は確実に『自分より遅く来たのが許せない』なのだ。そういうやつだ、彼女は。せめてその仮面は実家で外してほしい。
「でもあれだぞ、俺は新入生歓迎の行事で使う看板の制作の最終段階だから今から美術室だけど」
「あ、そうだった……よし、私も行ったげる」
「いや、もう最終段階だって……」
「大体あんた一人に芸術部門をまかせっきりってのが理解できない。見に行く」
「んで駄目だったら?」
「訂正を要求する」
……無茶苦茶な事を。そもそもこの仕事はあんたが名指しで俺に任命したのでは?
油の臭いに激しく顔をしかめる彼女。そんなに嫌なら来るんじゃないよと妙にいらつく。
「ほら、こんだけ出来てるから。あと少しで終わるっての」
「ちっ、あんたにしては中々かな……どうせ美術部の手でも借りたんでしょうけど」
「あのなぁ……」
「おっしゃぁこなちゃん確保ぉおっ!!」
文句を言おうとしたところに、猫耳のようなくせ毛の少女が美術室の扉を蹴破って入ってきた。ちなみに扉一枚でその威力は殺せず、余剰のエネルギーは俺の背中が肩代わり。
「うぐおおおっ……」
「あんたっ、また運動部の助っ人で遊びまわって……」
「大変にゃんだよこなちゃんっ!助っ人が助っ人を頼むの変だけど、バレー部の助っ人が一人必要でっ!」
「うんそうだな、俺に本日二度目のドロップキックを華麗に決めるのも変だ」
「まあ、バレー部ってんなら行かないとだけど……秋原(あきはら)、最後だからって適当とか止めてよ。あんたの不手際は生徒会の責任なんだからね」
「さっさと行って来い小夏(こなつ)、それに美弥(みや)」
「はいはいっ!あの夜の続きはまた今度にしt」「行け、Go out」
美弥は大げさにしぶしぶ、小夏は微妙にしぶしぶ出て行くのだった。
「はぁ、随分とかかったもんだ……」
実はさっき見せた絵は全体の半分で、もう一枚対称な絵を描く必要があったのでもう下校時間などとうに過ぎている。暗い、今日は月すら出ていないようだ。
こんな時間までも体育館の明かりが煌々としているのがここから見えている。ちなみに美術部の活動は不定期(そもそも活動を始めるのはもう少し先)なのでここには俺しかいないわけだ。
だがとにもかくにも完成した、同じことをもう一度やる作業は意外に大変で、創造性は不必要だが正確さが問われて大変だった。
まあここから先は気楽なものだ、使った道具を綺麗に洗って干すだけである。そんなところに小夏がやってきた。ぼろぼろである、疲労困憊……って今までずっと助っ人かよ。
もはや主戦力だな、とか思っていたら、また彼女の顔が険しくなる。
「すぐ終わるって言ってたくせに……自堕落」
「ごめんって……あと少しで片付けるから」
「ああもう……私も手伝う!」
さっきまで使っていた俺の一番太い筆をひっつかむと机の上に置いていたパレットを持っていき蛇口の水をひねる。まあ彼女の器用さは俺とさほど変わらないから安心ではあるけど。
安心ではあるのだ、けれども。
「おいおい、お前だって疲れてんだろ?気持ちは嬉しいけd」
「じゃあ言わせてもらうけど、校舎は八時完全消灯なんだけど」
「う……」
「ま、さっき職員室行ったときに銀ちゃん(娘を溺愛する若手ベテラン教師)に事情は説明しといたから」
「うう……その、ありがt」
「早くお前も手を動かせ」
「……はい」
よろしい、と言わんばかりに彼女は自分の作業を再開した。俺も隣で自分がさっきまで使っていたパレットを洗う。小夏の赤色と俺の白色が混ざり合って鮮やかなピンク色の水が排水溝へと流れていく。
「なあ、ごめんな、こんな事させて」
「女の子ってのはお片付けが大好きなもんなの」
「美弥は?」
「うぐっ……あれは例外だよ、うん」
「まあ良いけどさぁ……」
「あ、あのさ……お仕事、お疲れ様」
「……おう」
不器用な二人は感謝の気持ちも照れる気持ちもどこかギクシャクとしていて。それでも二人は、この微妙な雰囲気にしばし身を委ねるのだった。
陰った月が再び顔を出す。パレットを斜めに立てかけると、雫が月の光に照らされキラキラと瞬いていた。
あとがきは入らなかったので上の記事に。