[J]

 その日の放課後。曇り空の隙間から夕日が差し込む中、僕は一人屋上でクラリネットを吹いていた。いつ雨が降ってきても良いようにすぐ取り込む準備はしているけれど。
 快晴でも困るがこう言う湿気の多い日もクラリネット的にはあまりよろしくない。西洋の楽器は日本の多重人格的気候に対応していないのだ。地中海性気候が羨ましい。
 いつものように楽器を出し、一通りの練習メニューをこなす。水無月さんが居ても居なくてもそれは変わらない事だった。当然ながら練習中はずっと無言だったのだが、暇をもてあましたらしいクラの妖精クルルは楽器を抜け出し僕の頭上に乗っかる。

 『ご主人ご主人』
 「どうした。暇だとか言わせないぞ」
 『それでも我慢できないものがあるのね』
 「いやほら、俺が美容師だとして、十分な実力を身につけてない状況でハサミを入れられるのは嫌だろ?」
 『それは嫌だけど……構ってくれないと私は死んでしまうのね』
 「大丈夫だ、有史以来そんなノリで死ぬ死ぬ言って死んだ輩は居ない」

 傍から見たら楽器を持ったままヒトリゴトを呟く怪しい人だ。というのもクルルの姿は普通の人間には見えず声も聞こえない、と言っても試した事はないし見え聞こえする人間にあった事もそんなにない。そんなにと言う事は若干ながらあったりもするのだけど、それはのちの話にて。

 『と言ってもご主人と小一時間濃厚なキスを続けるのは純情可憐な乙女としては抵抗があるのね』
 「ちょっと待て、それは初耳だぞ。お前の口ってマウスピースの先なのか? じゃあマウスピースを買い換えたらどうなるんだ?」
 『別に口が変わるわけじゃないのね。気色悪いのね。上手く説明出来ないんだけど、マウスピースの先が感じる温度や水分、その他諸々が私の口にフィードバックされている感じというか』
 「成る程、感覚がリンクしてる的な話か。極端な話、激辛カレーにマウスピースを突っ込むとクルルの口の中に甚大な被害が出るわけか」
 『そんな事したら絶対に許さないのね』

 まあしないけどね。僕は静かにキレるクルルをそれとなくなだめると、また練習を開始しようとした……その時だった。
 こんこん、と後ろで扉をノックする音。僕とクルルはビクンとして振り返ると、そこには山口さんが微笑みながら立っていた。
 迂闊だった……僕は歯噛みしたい気持ちを抑えて必死で平静を装う。此処で練習を始めてから一度も水無月さん以外の来訪者が来ないから完全に油断していた。ヤバい、これでは完全に変人だ。どう言って切り抜けよう……と無い頭を捻って考えていると。

 「あの、とりあえず開けてもらえないかな?」
 「あ、ごめん……」

 屋上の鍵は内側についているため、僕は錠前を外し(鍵では簡単に開くのだが手で錠前を回そうと思うと錆びているのか相当力が要るので、一旦クラリネットを脇に置いて両手と体重をかけ何とか開いた)彼女を屋上へと招き入れる。彼女は右手に鞄、左手にトランペットを持っていた。

 「駄目だよ、練習中に携帯なんかいじっちゃ」
 「へ?……あ、ああ……ごめん」
 「まあ良いけどさ……今日も此処で練習? 水無月さん居ないのに」
 「今更別の場所を探すより良いかなってさ。それに水無月さん目当てで来てる訳じゃないんだけど」

 限りなく真紅に近い嘘だったが、此方にも見栄と言うものがあるのだ。クルルのしらーっとした視線を回避しつつ、僕はそう言ってのけた。

 「あのね、入部まで此処で私も練習させて貰えないかな? と言っても、来週の水曜から部活に正式入部するから火曜までだけど」
 「山口さんが!? いやでももう山口さん他の知り合いとか部活の先輩とかと仲良く練習してるんじゃないの?」
 「そんな人たちとは入部してからも幾らでも話せるから良いんだってば。あとユキちゃんって呼んで」

 花のように笑うユキちゃん。本当に可愛いなこの子は、入学式の日の挨拶は何だったのか。きっと緊張していたのだろう、それであの威圧感というのも凄いけれど。

 「それにほら、明日水無月さんが復帰したら水無月さんとも仲良くなれるから」
 「あ、ああ……そうだね」
 「と言う事で、今日はこんなものを持ってきてみました」

彼女が鞄から取り出した楽譜は第一印象だけで真っ黒だったのだけれど、手渡されて一瞥した瞬間疑念は確信に変わった。と言うかユキちゃんもう楽器組み立て終わってる。確かにケース開けてマウスピースはめるだけとはいえ早すぎる。

 「いやこれおかしいでしょ。ってか何なのこの曲、曲名も作曲者も聞いたことないんだけど」
 「この前作曲を趣味にしてる人と知り合ったんだ。と言ってもネット上でだけどね。その人が上げてる作品の中に御あつらえ向きのものがあったもので」
 「いや御あつらえ向きじゃねぇよ。絶対無理なんだけど」
 「はいそんなこと言ってないで。はい、メトロノーム」

 既に巻いてある。BPM200。はいっと彼女は合図を出した。余拍が一拍だとっ……


 僕は燃え尽きた。


 ……………

 ………

 …


 「ぺろっ……うん、美味しい♪」
 「なら良かった……ん、美味い」
 『物悲しいのね、ご主人が搾取されている所を見せられるのは』

 僕らはお互い真っ直ぐ家へは帰らず、近くの大手スーパーソレイユに寄っていた。お互い買うものがあるからということで一時別行動し、十数分後合流。そして夕日の照り返す下でベンチに座りソフトクリーム(代金は僕持ち)を食べていた。ここのソフトクリームは割と有名らしくとてもスーパーの一角に申し訳程度に開かれているお店とは思えない。その分値段も相応にあるのだけれど。

 「あ、一応言っておくけど別に奢らなくて良いからね? ちゃんとお金出すよ?」
 「別にいいよ、今度どこか行く時に奢ってくれれば」
 『あざといのね、その次もまたどこかへ誘おう的な魂胆があべしっ!!!』
 「どうしたの?」
 「あ、いや……蚊が」
 「蚊ならちゃんと叩きなよ~」

 僕は拳を振り下ろす。傍から見たら空に向かって拳を振り下ろしている(しかも寸止め)不自然な光景に見えるに違いない。でもまあ平手で空を切る人って結構多いし、その亜種だと思えば。
 夕日を照り返し、ユキちゃんの黒髪はキラキラと艶めいている。神秘的な輝きに思わず魅入っていると、それに気づいた彼女は此方を怪訝そうな目つきで見つめた。

 「ん? 私の頭に何かついてる?」
 「いや、強いて言うなら髪の毛が……」
 「そう言うの要らないんだけど」
 「まあ、そうなんだけどね……」

 むむむ、失敗してしまった。別に一ミリも成功する要素があったとは思えないが。にしても……
 僕は迷う。言うべきなのかそうでないのか。その二者択一に、僕は決断を下した。

 「ねえ、ユキちゃん」
 「どうしたの?」
 「何か話したいことない?」

 彼女はびくっとして、そんな動作を取ってしまった事を恥じるように俯く。

 「無いならいいんだけど、何か悩みがありそうな……って、悩みの無い人間なんてそう居ないんだろうけどね」
 「……私ね、最近誰かに尾行(つ)けられてる気がしてるの」

 風が止まる。夕日が陽炎のように揺らぐ。僕はとんでもない地雷を踏んでしまったのではないか。ただひたすらに怖い。
 彼女は手にしていたソフトクリームに真上からかじりつき、一瞬のうちに平らげる。コーンは背後のゴミ箱に投げ入れた。逆手で後方に投げ入れてホールインワンとは恐れ入る。

 「誰かは分からない、でも……家に居る時以外、通学途中も、学校の中でも、どこでも……そりゃ、勿論ずっとじゃないけど、一日に何回も何回もっ……っ、ぁああぁあああっ!!!!!!」

 両手で頬を押さえ金切り声を上げる彼女。周囲の人々がぎょっとしたように此方を見てくる。当然だ、きっと僕もそう言う目をしていたはずだから。

 「また、またっ……嫌、何でこんなっ……」
 「落ち着いてユキちゃんっ……大丈夫だから、僕が居るからっ」

 僕は彼女を宥める。本当ならもっとかっこつけたかったのだけれど、人間急にこんな事態にぶつかると意外なほどに行動できなくなるものなのだ。
 彼女は肩を押さえて震えをとめようとする僕に急に抱きついてきた。柔らかい匂いが鼻を抜けていく。傍から見たらバカップルか何かに見えるんだろうな、そんな事ばかりが頭をよぎり何故か全く嬉しくない。

 「っ、ユキちゃんっ!!?」
 「土屋君っ……ごめん、急にこんな事して……」
 「いや、大丈夫だけど……警察に相談とかした方が良いんじゃないの?」
 「警察は被害がないと動いてくれないから……大丈夫。相談したら少し元気出てきた」

 気丈に振舞う彼女。元気の『げ』の字も出ていないことぐらい鈍感な僕にだって丸分かりだ。そしてそんな言葉を吐かせてしまう自分が情けない。

 「土屋君……土屋君は私の味方で居てくれるよね?」
 「そりゃあ、味方だよ……当たり前じゃないか」
 「……ありがとう。もし何か変な奴とかいたら、教えてくれると嬉しいな」

 彼女は立ち上がり、笑顔でこちらにはにかむ。そしてじゃあねと一言告げ、駅のほうへと走っていった。半ば逃げるように。
 クルルは二人に遠慮して楽器の中へ戻ってくれていたようだったが、ユキちゃんが去っていくのを察知したのか再び僕の目の前に現れる。

 「……何だよ。僕にイケメンみたいな対応を求めるなよ」
 『いや、そう言うことじゃないのね……あの子、さっきお店で……』
 「うん……流石に突っ込めなかったけど」

 別行動で買い物をしているとき、彼女が買っている物を偶然見てしまったのだ。小型だがそこそこ電池持ちもよく解像度も高い監視カメラ、そんな物を必要としているくらい彼女は追い詰められているのだろう。

 「でも、さっきも視線を感じたって……何か感じたか?」
 『……私は楽器の中に入ってたけど、もしそう言う嫌な視線を感じたら気付くのね。ただ、さっきは特に何か変な感じがするって事はなかったのね』

 クルルは一応妖精みたいなものなので、スピリチュアルな分野に関しては圧倒的に僕よりも感度が高い。その彼女が判断できないでユキちゃんが反応したと言うのはクルルがポンコツなのかユキちゃんが鋭すぎるせいなのか、あるいは……
 嫌な事を考えてしまった。彼女が見えないものを見、聞こえないものを聞いているだなんて。あるわけがないじゃないか。
 ユキちゃんみたいな優しい女の子が、そんな精神異常みたいなわけがない。
 僕らも帰ろう……と歩き出そうとした刹那。ポケットに入れていた携帯端末が鳴った。僕は端末を取り出しロックを解除する。
 水無月さんから、WHISによるメッセージだった。このSNS、結局妹と水無月さんと金城さん、あとは陽介の連絡先しか入っていない。そしてこの四人から連絡が来ることはまずなかった。
 連絡の内容は、今日休んでしまって申し訳ないということと回復したから明日は登校出来ること、最後にオーディション頑張るぞということだった。

 『良かったのね、ご主人だけ入部みたいなことになったらきっとご主人やさぐれるだろうし』
 「まあ、それは多分あるな。てか水無月さんに誘われたのに誘った本人が入らないとかないだろ」

 夕日が沈みつつある中、僕らも駅へ向かって歩き出した。
どうも、46熊です。今回はボカロ()や歌い手()ってだけで親の敵を見るような目をする人達にこそ聞いてほしい歌ってほしい耳を孕ませてほしいそんな曲を紹介していきます。別に大きな機関とかからお金とか貰ってません。むしろ誰か下さいステマしてあげるから。

いつもみたく、D:風邪引いてても歌える。 C:調子悪い、または一曲目からでも余裕、B:普通、A:調子がよくないと完走できない、S:絶好調でないと歯が立たない、SS:体力的に、または音程的にキー変えたりオクターブ下げないと歌えない

でお願いします。

本当ならば作詞作曲の方を曲名の後につけるのが筋なのですが、今回は歌い手を推していきたいため歌い手さんの名前を表記しておきます。


1:脳漿炸裂ガール/灯油 ランク:S(一人で歌う場合)



春のニコニコ超会議で流れてきたお陰で知ることが出来ました。それくらいあっさいファンです私。初めて歌ったときは大失敗して大きく恥をかいたのでかなり練習した思い出深い曲でもあります。
男性で高音きついって方は-7するか+5してオクターブ落として歌ってください。今非常に当たり前の事言いました。
未だに間奏を早送りで飛ばさなかった事がありません。何か良いネタ無いかなあそこの部分。


2:ACUTE/96猫×花たん×ぽこた ランク:A(人数揃えて歌う場合)



目下練習中の曲です。男性パートのハモリがかっこよすぎるのですよ。サビはとりあえず歌えるようになった、まだまだ頑張ります。あ、千本桜で有名な黒うさPの曲みたいです。
と言う事でこの曲はまだ解禁した事がありません。今週末までに間に合うのかはてさて。と言っておきながら結構大丈夫な気がしてます(楽観視)


3:インビジブル/ぐるたみん ランク:A(一人で歌う場合)




もう流石に慣れました。てかこれ歌ってる動画探したけど上手い人全然居なかったんで泣く泣く本気出してないぐるたん使いました。本気版は2ndアルバムの一曲目なんで気になった人は買うか私のipodのイヤホンの半分を借りに来てください。
ちなみにぐるたんのアルバム聞いて覚えたんで私が歌うと明らかにぐるたんの癖が出ます。
これを初めとするkemuさんの作品(人生リセットボタンやカミサマネジマキ、六兆年と何とかなどなど)はどれも厨二ハートに響くので気になった方は是非。


4:ロストワンの号哭/灯油 ランク:SSS




↑は女性ですらオクターブ下げるサビをちゃんと歌ってる貴重な動画です。もっと評価されるべき。
ファルセット使っても最高音域に届きません、悔しい。他に私が知ってる歌い手さんだとぐるたみんもこれ歌ってるのですが、3rdアルバムに入ってるので以下略。


5:チルドレンレコード/Gero ランク:S



うどんとかうどん2とかで私の中で有名なGeroりんが歌ってます。ニコニコとかで有名な(←から迸る地雷の匂ひ)カゲロウプロジェクトの一曲目ですね。カゲロウデイズは有名ですが一曲目ではないんだ。ちなみにカゲロウデイズは今回紹介しないんで聞きたきゃ探せ(ツンデレ
どうでもいいですが、太鼓の達人に入ってるこれは難易度むずかしいでも相当難しいです。裏打ち苦手なんじゃ。


6:サイバーサンダーサイダー/鈴木このみ ランク:SS



もともとボカロなんですが、これは春に出たこのみんの『This game』の三曲目に入ってるボーナストラック的楽曲です。みんなCD買ってね。
口が回らないのと局地的に高くて強い所がでてくるので個人的に難易度高いです。初めてカラオケオフ行った時一般の方が歌ってるのを初めて聞いて『うわーこの人すげー』ってなりました小並。


7:マトリョシカ/黒猫(♀)&vip店長(♂) ランク:SS/D(原曲通り/落としたいだけオクターブ落とす)




店長すげーっていつも思うのですよ。原曲どおりの音程で歌おうとすると物凄く難しいというか私は試した事がないのですが、サビで死ぬと思います割とマジで。
もともと一人用の曲なんで、一緒に歌ってくれる人が居ないって人も普通に歌ってあげてください。




まだまだ他にもたくさん良い曲や素晴らしい歌い手は居るのですが、尺と私のテンションの関係でこの辺に。

次は何をテーマに書こうかな、何かリクエストあったらお願いします。
今回はカラオケに3週に2回は行っている(あれ意外と少ない)私が今までに発掘したネタ曲を紹介したいと思います。
なお、完全に個人的な主観ですが難易度をDからSSで付けてます。
D:風邪引いてても歌える。 C:調子悪い、または一曲目からでも余裕、B:普通、A:調子がよくないと完走できない、S:絶好調でないと歯が立たない、SS:体力的に、または音程的にキー変えたりオクターブ下げないと歌えない

ではでは。なお、健全をウリにしていきたいので下ネタのある曲は排除しています。


男性アーティスト編


うどん/Gero ランク:B




夏ですね。これは明らかにホットなうどんの曲な気はしますが。歌詞は全部ヒャダインの所為。
特に知らなくてもノれる、音もそんなに高くないと言う事でネタとしてかなり優秀です。シャウトはまあ頑張って下さい。


うどん2/Gero ランク:A

立て続けに。こちらはシャウトが多めなのでランクをひとつ上げてます。PVはありません、早く実装されないかな。
別にうどんを愛してやまないというわけではありません。でもGeroりん愛してるそれだけは間違いない。

我輩はオス猫である/Gero ランク:A




シャウト多いよ。そして合いの手を中々入れづらいかもしれません。知ってる人なら余裕なんですけどね。
これも戦犯ヒャダイン。でも特に気にならず聞けました。名曲。

バラライカ feat いさじ ランク:D




部屋に誰もいない場合ウォームアップでよく歌います。非常に歌いやすいです。てかもう歌詞見なくても余裕です。たまにちゃんとバラライカ歌うけど歌詞見ててもやらないかが出てしまうのが困りもの。
てか久々聴きなおしたけどいさじの声ってやっぱ素敵。


バーベル/UVERworld ランク:S




PVはじめて見た……Sランクにしていいものか試しにそらで歌ってみたけど簡単にいけたからランク下げようかしら。まあ自己満足なんで良いんですけれど。
ネタ曲ですが結構難しいと思います。UVERの曲は高低差が結構あるので。



女性アーティスト編


Rolling! Rolling!/RO-KYU-BU!!  ランク:A




作詞作曲全てモモーイの所為。と言う事で某人気ライトノベルの二期EDです。
小学生何それ知らない。ちなみにオクターブ下げとか認めない(使命感)。
とてもノリの良い素敵な曲です。オク下で歌うと抑揚が無くてあまり面白くなかったのですがちゃんと歌うととっても楽しい。


私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い/鈴木このみ&キバオブアキバ ランク:S(一人で歌った場合)




女性ネタ曲があんまり無いので変則的ですが入れてみました。私の大好きなこのみんが歌っていると言うだけで練習する価値があります。
なお女声パートだけだとA、男声パートだけだとBくらいまで下がるのかな。


I'll Believe/ALTIMA ランク:S




別にネタ曲でも何でもないはずなのですが、大体motsuの所為。
一人で歌うととにかくブレスの位置に悩まされます。あとどこまで歌うか、どこまで捨てるかのさじ加減を誤ると大変です。

Onyl my railgun/fripSide二代目 ランク:A




PVついてこそのネタ曲ですが、ホントにこれきつい。最近やっと楽に歌えるようになりました。このアーティストが歌う春アニメの主題歌BlackBulletはこれよかきついですがPVが無いのでネタとしてはイマヒトツ。
Black BulletのPV良かったですよ。まさかお前が出てくるかって感じで。
あと、m.o.v.e版のこの曲一人で歌うと難易度がSになります。

なのです☆/羽入 ランク:SS




はい皆さん電じゃないですよ。ちなみに私は電と雷に責められている提督をちらちら見ながらドキドキしている響が好きです。あやっぺは地上波でも電的なキャラをやるべきだと思うのです。
DAMの精密採点やりましたが死にました。あとこれをほぼ完璧に歌ってのけた熊本のことさんはお元気だろうか。


八時以降はザラジュラム狩り(黒猫のウィズ)してたんで一気に筆が遅くなりましたがおおむねこんな感じ。明日は何を歌おうかな。
 流石に場面をころころころころ変えすぎなので一旦分けます。放課後の場面に4000字近く割けるのか不安ですが仕方ない。


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 [I]

 次の週、僕と水無月さんは日課のようにお互いの欠点を補い合い、時にノーガードで殴りあうような死闘を演じ(演じてるだけなのできっとセーフ)、技術を磨いていった。
 そしてユキちゃんの合格発表を風の噂で聞いたりなんかして(どうやら合格発表はその場でされるらしい)、木曜日の放課後。僕のターンになった。若干雲量は多いが雨が降るほどの天気ではない。この位気温が安定してくれていたほうが好都合と言ったものだ。

 控え室に入った僕の目の前には、4人ほどクラリネットを吹いている生徒の姿、それと大きなピアノがあった。皆違う曲を演奏している、楽譜はコピーして使えと書かれていたからそうしたのだけど、課題曲って複数あったのだろうか。だとしたらマズったかもしれない。僕も楽器を出し音だしを始める。

 『うんうん、今日は普段より良い感じなのね』
 「お前のその評価、あんまりアテにならないんだけどな」
 『失礼な、ご主人が吹いてる楽器が言ってるんだから間違いないのね』

 クラの化身クルル的にも今日の僕の音のコンディションは上々のようだ。最近の餌付けが効いているのかも知れない。と言うのも、楽器の化身だけあって彼女のテンションが低いと明らかに楽器の鳴りが悪くなるのだ。楽器の調子に気を配るのは当然なのだろうが、顔色まで伺っている奏者が何人居るだろう。無駄に疲れる話だが、どこか物理的に調子の悪い部分があれば言ってくれるので下手に調整を依頼する必要も無く経済的であるともいえた。
 低音域を時計の秒針と同じ速さで32拍吹いて8拍ブレスを取りながら全音域鳴らし、下を鳴らしたら今度は上を鳴らしていく。そしてHiB♭(クラリネットの最低音から3オクターブ上に言って三度下がったとこ)まで到達した時。上級生が入ってきた。いかにも真面目そうな男子生徒だった。
 どうやら此処で終わりらしい。ああ全音域やりたかったのにと落胆しながらも、上級生が用意した椅子に座る。彼曰く審査をするのは別に居るらしく、小さな紙切れを全員に配った。審査員は後ろを向いた状態で紙に書かれた番号を呼び、呼ばれた人は指定の位置に立って演奏する。その際一切話してはいけない。不正を防ぐためだそうだ。
 本気で不正をしようと思うなら、何か合図を決めておいてと言うこともできるのだろうが、それは突っ込まないでおいてやった。

 「なぁ、お前」
 「……何か」

 上級生が控え室を出て行くと、隣に座っていたやつが絡んできた。さっきカール・マリア・フォン・ウェーバーのクラリネット小協奏曲26番を吹いていた奴だ。前半と後半でテンポがガラっと変わる曲で、特に後半は息を継ぐ暇も無い位音符が並んでいる中を一気に吹ききらなければならない。一度でもしくじると多分終わる。好んで吹きたい曲ではない。
 テンポを守りつつ、その中で細かい音符にどれほど魅力を付加させることが出来るか。正直、あまりコンクール向きではない気がする。コンクールの課題曲は1か0かみたいな曲ではなくもっと細かい採点要素を持ったものにしてほしい。

 「曲練習してねぇけど、大丈夫なん?」
 「(馴れ馴れしいな……)いや、練習しようと思ったら時間になった感じで」
 「そうなのか、アホだなお前」

 段々苛々してきた。髪を金に染めた、高慢を絵に描いたようなそいつは鼻につく物言いで絡んでくる。ただまあ、もしかしたら一緒に演奏することになるかもしれないのだし、ここは一つ大人の余裕を……

 「基礎を馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返して、曲を吹けない奴はアホだろ。まったく理解できないね。どうせ俺の一人勝ちだろうし、あー気が楽」
 「……………」

 ……うん。苛々が収まった。嵐の前の静けさ、台風の目と言う奴か。それか欧米で良くある散々笑ってからキレる奴とかか。
 ピアノ弾く先輩が入ってきた。ウェーブのかかった髪をした胸の大きなおっとりした印象の先輩だ。入部した暁には色々宜しくお願いします。

 「それでは……Cと書かれた紙を貰った入部希望者は黙って前へ」

 顔を見てはいけないからだろうが、審査する先輩は背中をこちらに向けてそんな事を言って来る。どいつもこいつもむかつく。僕はピアノの先輩に曲を告げた後、指定の位置に立ち。ピアノの先輩と一瞬だけ目を合わせ。


 全力で演奏した。多分中学時代の全盛期を超えているはずだ。それでも山口雪姫の足元にも及ばないだろうけれど。
 一曲吹き終わって後ろを振り返った後の、ピアノの先輩の微笑みと残りの希望者の唖然とした顔は多分数日忘れられないだろう。誰とも話さずクールに去るつもりだったが、さっき散々初対面の相手を散々disってくれたチャラ男だけには少し物申しておかねばならぬと思い、歩み寄って一言。

 「基礎舐めんな」

 まあ『お前が言うな』といわれればそれまでだけれど、それは自分が一番よくわかっているので許してください。


 と言う一悶着があって、次の日僕が登校すると、机の中に合格通知が入っていた。そう言えば結果発表も聞かずに帰ってしまったんだったか。非常に失礼な行動だったのによく採ってくれたものだ。
 中には色々書いてある。正式入部は来週の月曜日なんだそうだ。こんな古き善き告白の手法使って手紙を入れなくてもよさそうな物だけれど……とはいえ自分がすたこらさっさと退室してしまったのだから何の文句も言えないし感謝してしかるべきだ。そんな事を思っていると。

 「あっ、土屋君」

 山口さんだった。僕の姿を見るなり駆け寄ってくる。朝から非常に嬉しい。

 「合格通知読んでくれた?」
 「って事は、これユキちゃ……山口さんが?」
 「私、結構部室入り浸ってるから。先輩とも仲が良くて、同じクラスならこれ渡してくれって言われたの。土屋君の演奏の時ピアノ弾いてくれた先輩居たでしょ? あの人クラの先輩なんだけど、土屋君の事絶賛してたよ」

 明るく話しかけてくる山口さんに、自然と顔が綻ぶ。オーディションの時間なんて一瞬だからあまり実感がなかったが、ちゃんと受かったのだという事を再認識できた。
 ともあれ別に狂おしいほどに吹奏楽をしたかった訳ではない僕としては、自分の結果も大事だがむしろ明日の方だ。今日はオーボエ、ファゴット、ホルンのオーディションがある日、そして明日は水無月さんの戦いの日である。

 「今日はオーボエ、ファゴット、それからホルンの日だっけ、んで明日はフルートとサックスだっけか。陽介も水無月さんも受かると良いね」
 「あ、ああ……そうだね。ごめん、火野君忘れてた」
 「おい」

 たった今登校したらしい陽介が若干寝癖を残しつつ大層ご立腹な様子で後ろに仁王立ちしている。虚勢だな~と思いながらも言わないであげた。

 「お、おはよう火野君」
 「山口さん、俺の事忘れてもらっちゃあ困るな。来週は同じ部活で頑張るんだし」
 「随分な自信だな」
 「だってファゴット俺しか希望者居ないらしいし」

 そう言う事か。一気に冷めてしまった。基本的にファゴット経験者の割合は非常に少ない(楽器もリードも高くメンテも大変、ボーカル(楽器とリードを繋ぐ細長い管みたいなやつ)の耐久性が悪い等々)のだが、そんなレア楽器を中学から続けている人間など超希少種だ。僕の周囲にもファゴット吹きは居なかったし。
 むしろその条件下で落ちたら笑ってあげるのに、と軽口を返し、僕と山口さんはくすくすと笑った。……と。

 「山口さん、何で今日はまたトランペットを持ってきてるの? いつも教室には置いてないよね?」
 「あ、普段は音楽室に置かせてもらってるんだけどね。さっき朝錬してたら熱入りすぎちゃって、音楽室まで持ってくの面倒だから持ってきたんだ」
 「あれ山口さんだったのか……」

 此処に来る前、駅を降りた所でオセロ(シェイクスピアの作った悲劇を元にA.リードが作曲した五楽章からなる組曲だ)の二楽章が聞こえていたのだ。何百メートルあるだろう。確かにトランペットはよく音が飛ぶ楽器だが、それにしたって限度があるだろう。化け物か。
 そして割と早くに登校している自分よりもかなり早くに登校していたらしい山口さん。此間『ちょっと早起きしてみた』と言ってたのだから普段はもっと遅いんだろうに。
 オーディションなど彼女にとっては軽くジョギングする程度の労力なのだろう。彼女の本気はこれから発揮されると言うわけだ。末恐ろしい。
 そんな事を話していると渡利先生が入ってきた。蜘蛛の子を散らしたように自分の席へと戻っていく僕ら。先生はいつものように雑な感じで出席を取ると(今日休みの奴手ぇ上げろ、居ないなじゃあOK、的な感じだ。適当すぎるがそれで成り立っているのだからいいか)、日直の日誌を近くに居た男子生徒に渡した。

 「今日は水無月が風邪で休みなんで、支倉と宮崎が日直な。それじゃあ、ホームルーム終わり」

 きりつ、れー……と気だるく終わるホームルームだったが、僕は先生がさらっと口にした発言を気にしていた。水無月さん休みなのか、昨日はオーディションの関係で放課後彼女と練習していないから分からなかったけれど、一人だからと無理して頑張りすぎたんじゃなかろうかと邪推してしまう。
 明日の本番大丈夫かな~と思いながら、僕は一限の準備を始めるのだった。
久々に小説以外の投稿になります。この前自転車漕ぎながら妄想してたのでそれを形にしていつか来るであろう『魔法少女大戦』(私が勝手な都合で一部より先を作ってない長編まどマギSS)に生かしていこうと思っているしだいです。

ネタとしてはまどポの影響を受けまくっているので、その辺は温かく見ていただけたらと思います。一応『言うほど強くなかったほむらが環境変わってかなり強くなってる予感』と『マミさんは思ったより強い』ってのを感じていただけたらと。
時間軸的には三順目以降の世界になります(魔法少女大戦の世界観もその辺なので)。そのためまどかやさやかの能力値には若干制限をかけています(その辺は叛逆の物語を見よう)



No.1 鹿目まどか
HP:C MP:A 攻:C 防:B 速:C 運:A
特殊能力:浄化の祈り(魔女及び使い魔へのダメージ特攻)

主人公。力の半分以上を奪われているため能力自体は控え目だが、攻撃技の殆どに魔女特攻の追加効果がついているのが特徴。また、彼女は浄化能力を持つため回復能力に優れるさやかとはまた違った回復としての役割が持てる。
惜しむらくは近距離と遠距離の攻撃に恵まれない点。ただ中距離に設置しても死にやすいので後ろにおいて相手が接近してくるのに合わせ弓を曲射したほうがいいかも。
魔法少女の相手は不向き。その場合はサポートに徹しよう。


No.2 暁美ほむら
通常時
HP:C MP:B 攻:C 防:C 速:D 運:D
悪魔化時
HP:A MP:B 攻:S 防:D 速:A 運:C
特殊能力:愛(まどかと一緒に居るとソウルジェムの穢れる速度が半分になる)

もう一人の主人公で、時間を止めたり戻したりする能力を扱うことができる。その反面それ以外の魔法は得意ではなく、攻撃手段の大半が現代兵器を用いたものになる。近距離の攻撃手段はないに等しい、ある程度の距離を取ることは大前提で動こう。
また、悪魔化する事によって時間停止を使えなくなる代わりに能力が圧倒的に上昇する。近距離の攻撃も増えるため積極的に使っていきたいが、装甲が薄い他燃費も悪く、変身と解除にはいずれも時間を要するので無茶は禁物。
回復手段を持たないので、回復アイテムが他の魔法少女より重要になってくる。ほむらメインで攻めるなら燃費が悪いため浄化能力を持ったまどかととても相性がよく、その特殊能力も相俟って燃費の悪さを殆ど感じなくなる。また補助に徹する場合、時間停止はチャージ技の多いマミ等と相性が良いので、メインで運用するかサブで運用するか、個人で運用するか団体で運用するかで先方を変えていこう。


No.3 巴マミ

HP:A MP:B 攻:B 防:S 速:C 運:C
特殊能力:先輩風(テンション上昇時の攻撃力上昇値が増し命中率と回避率が下がる)

意動力に乏しい代わりに圧倒的防御力を誇る要塞的なキャラ。『絶対領域』は彼女の立っているフィールドに作用し一切の攻撃ダメージをシャットアウトする(フィールドにさようするため地形破壊の効果でも無力化出来ない)
また、素の攻撃力は低いものの近中距離での手数が多く、ここぞと言うときに打ち込める必殺技の数もやたらと多いため思った以上に使い勝手が良い。
欠点はその特殊能力で、命中精度は悪いが攻撃力が鬼のように高い攻撃に対し非常に相性が悪い。絶対領域で確実に攻撃を回避すること。
貫通性能のない攻撃への壁として非常に有用。溜めが必要な時もがっつり守ってティロ・フィナーレ♪


No.4 美樹さやか

HP:B MP:C 攻:A 防:B 速:A 運:B
特殊能力:凶華(HPが3割以下になると攻撃力が大幅UPし自動回復が可能になるが補助技を使えなくなりHPと被ダメージが表示されなくなりテンションが下がらなくなる)

純然たる近接タイプ。遠距離攻撃は燃費も悪く威力も命中率も低いので必要なし。豊富な回復手段と味方全体の速度を強化する技があるため敵が射程外にいても補助技で場を繋ぐ事が出来る。
特殊能力はかなり凶悪な一方でいつの間にか死んでいると言う事故を起こしかねないのでせめてプレイヤー側だけでも冷静に戦おう。
また、自己の回復が優秀なため錯覚しがちだが思った以上に素の体力は低い。前衛で運用する場合は死なないための布陣を用意しよう。


No.5 佐倉杏子

HP:C MP:B 攻:A 防:D 速:A 運:B
特殊能力:隠密(敵に気付かれ難い)

槍と多節棍を器用に使いこなし、幻覚能力で回避しながら立ち回り雑魚の同士討ちも狙えるトリッキーなキャラ。
反面装甲が紙なので、他のキャラ以上に攻撃を受けない事を念頭に置く必要がある。さやかと組ませて前衛で運用させるとさやかは攻撃を回避でき杏子は被弾しても回復できと非常に相性が良い。
なお、幻覚が効くボスは意外に多いが多少狙いがブレても攻撃範囲にがっつり入るくらい広範囲を攻撃してくるボスなど幾らでもいる事を肝に銘じておこう。単体攻撃が主な敵相手にはかなり有利。


No.6 百江なぎさ

HP:C MP:B 攻:C 防:A 速:C 運:A
特殊能力:大切な友達(マミのテンション上昇を抑え彼女への補助技の効果を高める)

攻撃力はきわめて低いが仲間の攻撃力や防御力を上げたり囮を張って守ったりと言う補助技には最も優れる。攻撃はせずひたすらアシストに徹しよう。
また、シャルロッテ召還の攻撃範囲は縦に無限で横にもかなり広いため一部ステージではかなり役に立つ。
障害物等に邪魔されると攻撃しにくいマミとの相性が非常に良い。マミの後ろで補助技を振りまいているだけでも十分に役割を果たせる。



うーん、杏子が弱く見えてきたぞ。そしてマミさん強い本当に強い。足なんて飾り。別にマミさんの太ももが嫌いとか言ってるわけではないですけれど。
ほむらのスタイルチェンジは同じく時を止める敵相手に考えたもので、『時を止めても勝てないなら、このスタイルで戦わなくてもいいじゃない』みたいな感じで華麗にチェンジします。
と言うことで、やっつけ感満載ですが今日はこんなところで。



と思ったのですが、折角なんでもう一人。


No.7 黒まどか

HP:B MP:S 攻:C 防:B 速:C 運:B
特殊能力:救済の手(全ての魔法少女を生まれる前に消し去る)

ラスボス。全ての救済の為あらゆる魔法少女を永遠の楽園へ導く。
明確な自我を持っているため救済の魔女(魔女化したまどか)よりもタチが悪い。その攻撃に触れた魔法少女はこの世に『居なかった』ことにされる。
その正体は、実は……
 [H]


 日の射す次の日の昼、電車にガタンゴトンと揺られながら僕は完全に心ここにあらずと言った感じだった。それでも午前中はちゃんと練習したのだけれど。水無月さんは明らかに意気消沈している僕を見て、だがしかし無駄な力が入っていないのか音程の落ち着いた音を出す様に対し非常に複雑な表情をしていた。喜んでいいのか悪いのか明らかに悩んでいる表情で、本当に申し訳なかった。

 『……ま、まあ今日もがっつり練習したし。気分が乗らないときに練習したってね……さ、街に行こうよ』
 『ん、そうするか……』

 そんな諦めにも似た言葉で練習は切り上げられたのだ。ああやだ。雲一つ無い青空が憎い。そもそも彼女と話題を合わせるために原作を少し読んだだけでアニメなどまるで観ていないのに知った振りをして意気投合した自分が悪いのだけれど。それにしたって、うちの妹が何だってまたこのタイミングで声優として出て来るんだ。先に言ってくれ。
 クラリネットの妖精クルルは昨晩から今朝にかけて『にわか乙なのね』と何かにつけて罵倒してくる。ぐうの音も出ない。やだなー営業モードの妹を目にするの。
 多分最初に言ったと思うが、僕の妹土屋涼花は役者だ。ただそれは彼女が役者と言う表現を好んで使っているからであり、彼女がここ数ヶ月で手を出すようになったジャンルはあまりにも多岐にわたる。声優や歌手もその内の一つだった。ついぞ最近まで素人だったくせに、ボイトレになんか通いだしたりしてめきめきと頭角を現している。そして上達ぶりが半端じゃない。某大型検索サイトにいくつもスレッドが立つほどだ。

 「なんかずっと上の空だけど……何かあった?」
 「何があったと思う?」
 「質問を質問で返してんじゃねぇよ」
 「……すみません」 

 怒られてしまった。そこそこすいているとは言え電車の中で。山口さ……ユキちゃんと双璧をなす学園のアイドルに。やばい興奮する。

 『ああもうこいつ駄目な気がするのね』
 「『うるせぇ黙ってろ』……でも、こんなとこでまでイベントやってくれるのね」
 「割と全国的に回ってるらしいよ。都心はいつものことだけど、今回は北海道や九州まで足を伸ばしてるんだってさ」
 「へぇー」

 今回僕らが参加するイベントは人気アニメ『Ensemble-Drop』(略してアンドロ)のOP曲のCDサイン会で、妹の参加している三人組JK声優ユニット『Katze』(ドイツ語で『猫』)はそれぞれアニメ内でメイン三人の声を当てている。
 余談だが、『カッツォじゃないのか』と零したら博学才穎の妹に回し蹴りを食らった事が……さて話を戻そうか。
 ちなみに、妹がイベントをやるみたいな話は聞いていたのだ。だがそれがアニメ絡みのイベントだと言う事は知らなかったし、まさか自分がそれに行く事も予想していなかった。と言うか根本的に、僕は妹を応援しているものの彼女の芸能活動を積極的に観戦したいとは思わないし、それ以上に妹は自分の芸能人としての姿を僕に見られる事をあまり好んでいない。

 「私、すーちゃんが一番好きなんだよね。よくぞうちの県に来てくれたって感じで」
 『すーちゃん? って誰なのね?』
 「『妹の事だ』……僕はヒナ派だなー、すーちゃんも可愛いけどもさ」
 「いやいや、土屋君は何もわかってない」

 これどうにかならないのかな。何だって実の妹を違和感ありありなニックネームで呼ばないといけないのか。
 そんな事をガタン、ゴトンと電車は不規則に揺れ、目的地に近づいていく。流れていく景色は次第に流れを止めていき、遂には停止した。
 駅の名前は『翠碧(すいへき)市駅前』、市内屈指のショッピングモール『翠碧通り』に最も隣接している駅だ。

 「さて、行きますか」
 「あのさ、もし水無月さんが危惧してる状況になったら、僕はどうしたらいい?」
 「代わりにぶった切られてくれると嬉しいな。多分土屋君の事は伏せられたまま、何故かすーちゃんが怪我した事になると思うから」
 「いや、それは若干洒落にならない……」


 ……そして色々終わって遅めの昼食、僕らはカウンター席でうどんを食べていた。一応五体満足で帰れました。水無月さんが初回版と通常版を両方買うガチ勢だったせいで無駄に僕も並ぶ羽目になってしまったが、何かあったときの為に妹へ連絡していたお陰で事なきを得た。明らかに僕のときだけサインを書き殴っていたのが気になったけど、この件に関しては掘り下げないほうがよさそうだ。にしても……

 『「それでは、土屋涼花さんをお呼びしたいと思います。皆さん拍手でお出迎え下さい!!」
 「おにーちゃーん!!!! 今日は私の為に来てくれてありがとーーっ!!!!」
 「うぉおおおおおーーーっ!!!!!!!」
 』

 ……つらかった。リアルおにーちゃーんが全力でファンに媚びる妹の姿を見せられると言うのははっきり言って拷問だ。世にはびこる妹需要は恐らく対岸の火事だからこそ楽しめるに違いないのだ。
 妹は髪型をツインテールにし、服も白地のセーラー服に短めの紺色スカートをはいて舞台に飛び出してきていた。いや可愛いとは思うのですよ。でも目の前に居るのはどこまで行ってもうちの妹なわけですよ。
 そう言えば、朝学園に来て練習しに来た時から今までずっと制服なのだが、誰か同じクラスの人とかにバレていないだろうか。水無月さんと一緒に制服デートみたいなうわさを立てられただけで一部男子は血の涙を流すだろうし、その行き先がアニメイベントとなると一部男子は全身に禍々しい紋様が浮かび上がるに違いない。まあどうでも良いか。勝手に人の限界を超えてくれ。

 「でも、何事もなくて良かったね。こうして美味しいうどんが食べられるのも、イベントを無事に乗り切ったからこそだよ」
 「うん、僕も水無月さん庇って殉死みたいな真似せずに済んでよかった」

 しかも妹の前で。両親と離れ離れにされて、兄まで目の前で大怪我なんて状況にはしたくない。自嘲気味に言ったが、最近物騒なので絶対に無いとも言えない。
 もし。変態がトチ狂ってお友達にでもなりにきたらどうするだろう。それはその時がくるまで分からない。反射的に前へ出るかもしれないし、足がすくんで動けないかもしれない。だが、それが普通なのだと思う。下手な正義感をかざすのも、賢明な判断を下すのもそれが机上の空論だからだ。
 人は、急な状況においても合理的に動けるとは限らないのである。僕なんていつだって不合理な動き方しかしていないのだし。
 水無月さんは早々にインド風カレーうどん(7辛、最高で5辛のはずなんだけど)を汁まで飲み干し、沢庵をポリポリと齧っていた。対する僕はプレーンのかけうどん(中)なのに半分以上残っている。あまり待たせると悪いので、歯を立てず啜り汁まで一気に飲み干した。

 「でも此処のうどん美味しいね。よく来んの?」
 「ううん、この前ネットで見つけて、美味しそうだったから誰かと行きたいなって思って……ねえ、土屋君」
 「……何?」

 喉から出掛かった何かを、出したいのに出せない。そんな顔をする彼女を見て、僕は正直わけが分からなかった。このタイミングで愛の告白などあるわけがないし(と言うか初デートでアニメ関係のイベントの後うどん屋に入って告白する相手だったらどんなに可愛くとも若干考えてしまう)、じゃあ何だと言われても女性経験など皆無の自分には想像もつかないわけで。
 ……若干の沈黙が流れ、僕が『言いたくないなら別に……』と切り出そうとした時。彼女はその口を開いた。

 「土屋君、山口さんと仲良い?」
 「えっ……いや、そんなでも無いけど」
 「そっか……いや、彼女も吹奏楽部に入りたいって言ってたから、仲良くなりたいなって思ってたんだけど……」

 どこかで聞いたような事を神妙な面持ちで言ってくる水無月さん。そう言えば山口さ、ユキちゃんも同じような事を言っていたような気がする。

 「何か問題が?」
 「いや……なんだか、避けられてる気がしてて。よく分からないんだけど、何となく……あれかな、オーディションが終わるまで仲良くしない方向なのかな」
 「でもユk……山口さんってトランペットでしょ? 水無月さんと関係ないんじゃない?」
 「いや、別にライバルを蹴落とすとかそう言う話じゃないよ? ほら、仲良くなったのに私は落ちて自分だけ受かったら気まずいからとかそう言うの」
 「それは……」

 言いよどんだ。彼女が僕と仲良くなろうとしてくれた事を。それは、僕なら余裕でオーディションをパス出来るが彼女はそれが出来るか分からないから仲良くしない、とかそう言うことなのだろうか。分からないが、過去にそんな事があったのなら。
 『仲良くしたいんだけど~』の裏にそんな気持ちがあったのなら、それは申し訳ないことを言ったなと思う。ただ、これを水無月さんに言う訳にはいかない。言う価値がない。

 「どうなんだろ。でもほら、お互い入部出来ればきっと仲良くもなれるって」
 「そうかな……そうだよね。土屋君の演奏の方が好きだけど、山口さんの演奏も物凄かったし。最優秀賞は彼女だったしね」

 そう言えば水無月さんは山口さんの演奏も聴いていたんだった。『土屋君の演奏の方が好きだけど』なんて事をわざわざ言ってくれる辺りが何と言うかうれしい。彼女に負けたのは致し方ないとは思うけれど。
 さてと……と水無月さんはぽんぽんとスカートを払いカウンターを立ち上がろうとした。だが、次の瞬間。
 後ろを歩いていたお客さんとぶつかった。どんっ、と低い音が響き、そのお客さんはよろめく。倒れそうになる彼の手を僕は咄嗟に引いた。


 「ったっ!!!?」
 「すみませんっ……大丈夫ですか?」
 「すまない、私もぼーっとしていたみたいだ……」

 黒いスーツに身を包み、サングラスをかけ。肩までかかる黒髪をした紳士的なおっさんだった。彼は困ったような顔をして、近くにあった伝票用の紙とペンを手渡す。

 「非常に申し訳ないんだが……私は殆ど耳が聞こえないんだ。音が衝撃としてしか感じ取れないから、誰かがこちらへ向けて話していることは分かるんだが……」
 「あ、何かそう言うの聞いたことあります。この前テレビで言ってたような……」
 「ところで、君たちの制服は……翠蓮の子達かな?」

 水無月さんと違って僕はテレビをほとんど見ないので知らなかったが、そういった症状もあるらしい。僕はとりあえず紙にさらさらと字を書き殴る。『はい、僕が土屋享佑でこちらが水無月夏海と言います』と。

 「そうか、わざわざ済まないね……私は、そうさな。幽記家(ゴーストライター)と呼ばれているよ。楽器を持っているところを見ると、土屋君の方は吹奏楽部かな?」

 荷物の中から顔を覗かせていたクラリネットのケースに気付いたらしい紳士は、それを指差して言う。僕は紙に『彼女もです。ただ、まだ正式に入部できたわけではありませんが』と書いて手渡した。

 「私も音楽を嗜んでいてね……耳が聞こえなくなってからは作曲にも難儀するようになってしまったが」
 「難儀って、今でも作曲っ……『今でも作曲されているんですか?』」
 「ああ。確かに大変なんだが、周囲の評価としては今の方が良い作品が作れていると評判だよ。何と言うか、音が心に降って来るんだ。耳が聞こえていた頃は無かった感覚だよ」
 「『プロか何かですか? 僕も作曲を齧っているもので、少し気になります』」
 「いや、プロとして名を上げたことは無いよ。あくまで仲間内での小さな活動でね……そうだ、これを渡しておこう」

 紳士は名刺を僕と水無月さんに手渡した。名前の所が空白で結局本名を教えてくれるつもりはないようだが、下には連絡先が筆文字で小さく書かれていた。httpで始まっている、直接の連絡先ではないようだ。

 「連絡先と言うか、私が趣味でやっているWebページのURLだ。特に土屋君は同じ作曲仲間だし、一度は見に来てくれると嬉しい」
 「ありが……『ありがとうございます』」

 僕は紙にそう書いて紳士に手渡すと、彼は僕ら二人に一礼して店を出て行った。何だったのだろう、僕らは顔を見合わせる。ただ悪い人ではないだろう、あのまま一人でどこかへ行くのが少し心配だったが。

 「……さてと。そろそろ行こっ」
 「あれ、今から帰るんじゃないの?」

 この先の話を何も聞いていなかった僕は当然の疑問を口にする。彼女はちっちっちと指を振ると(こんな仕草する人間現実にいたのかと感嘆する)、自信のカバンをまさぐり始めた。
 鼻歌交じりに取り出されたそれは少しばかり湿気でくたびれていたが、版画展のチケットだった。それも萌え絵の。チケット自体は書店やアニメショップなどに行けば幾らでも手に入るものだが、これは確か宣伝の為に『これをお持ちのお客様に先着で○○プレゼント』みたいな特典がついていることが多い。客寄せパンダだ。

 「私の好きな絵師さんの新作が出るみたいだし、これ持って行くと缶バッジが貰えるみたいなの」
 「あーそすか」
 「その後、ちょっと下着買うのに付き合ってほしいな~と」
 「それは断る」


 結局家に帰り着いたのは9時過ぎだったのだけど、一つ分かったのは彼女の趣味や性癖やそういうものではなかったみたいだ。
 彼女が割と他人を振り回そうとするのは、何も音楽に限った話ではないらしい。
 [G]

 誰も嗅いでいない匂いは匂いではないのか。
 
 誰も聞いていない音は音ではないのか。

 ……誰にも見られていないお前は、本当に存在していると思っていいのだろうか。



「あ、土屋君だ。おはようございます」
 「あ、おはよう。山口さんっていつもここから乗ってたっけ?」

 次の日。何やかんやで高等部に入って5日目だ。初週最後の平日と言っても特に変わったことは無い、はずだったが、朝の日差しがさすほうからクラスでも一、二を争う美少女が乗車してくれば気分も高揚しようと言うものだ。
 山口雪姫、その艶めいた黒髪と漆黒の瞳、すっとした立ち振る舞い、それらを総合して誰が呼んだか高嶺の雪月花と言わしめる彼女。男女問わず高い人気を誇り、入学一週間経たずしてほぼ学園中にその名を轟かせているらしい。

 「えっとね。普段は一本後の便で行くんだけど、今日は早起きしたからちょっとだけ早く家を出てみたんだ」
 「そうなのか」
 「いつもこの電車に乗ってるの?」
 「まあ、朝起きるの早いし……あんまり人多いの好きじゃないんだよね」

 はにかんだ笑顔が眩しい。彼女の前ではどんな豪雪の封とて跡形も無く解けてしまうだろう。と言うか何で僕はこんな今日饒舌なんでしょう。思考駄々漏れなせいでクルルが笑い転げている。だがしかし気にしない。
 そう言えば……と、山口さんは手をぽんと打ち鳴らす。可愛いないちいち。

 「土屋君、吹奏楽部のオーディション受けるの?」
 「……うん、まあ。」
 「やっぱり。昨日オーディションの用紙に記入してたの見たから、まさかとは思ったんだ」
 「ちょっと、成り行きで」
 「ううん、すごい嬉しい。お互いオーディション頑張ろうね」

 山口さんは贔屓の野球チームが勝利したときのように胸を弾ませ(弾む胸が無いとは言えないけど)嬉々として話していた。参ったな、と思いながらも、こんな風に会話できるのは悪くない。

「山口さん、曲なんだった?」
 「私は仮面舞踏会の四楽章だよ。土屋君は?」
 「ストラヴィンスキーの『クラリネットのための三つの小品』」
 「ああ、あれかぁ。全楽章なんだよね?」
 「そりゃ、まあね」

 仮面舞踏会、CMでも使われたり世界的に有名な日本の選手がフィギュアスケートでも使っていたりする決行有名な曲、なんじゃないかと個人的には思う曲だ。タイトルは知らなくても、聞けば『これかぁ』と思う人も多いのではなかろうか。
 体育祭御用達の『剣の舞』(バレエ音楽『ガイーヌ』より)でも有名なハチャトゥリアン作曲の全五楽章からなる組曲で、ワルツ・ノクターン・マズルカ・ロマンス・ギャロップからなる。山口さんの課題曲はその四楽章、ロマンスだ。曲自体は簡単だが、この曲を課せられたということは今回彼女に求められているのは技巧ではない。
 確かにあの楽章はトランペットの長いソロがあるが、全曲丸ごとトランペットに吹かせると言うのはまた斬新な話だ。今までノリと勢いだけでトランペットを吹いてきた人間は絶対にオーディションを生き残れない。

 「土屋君なら別に大丈夫じゃない? ほら、あの時みたく音程とかある程度誤魔化せるしね」
 「それはまた耳の痛い話で……それなら山口さんだってあの時みたいに音色で純粋に勝負できるからやりがいあるんじゃない?」
 「そんなに練習してないけどね、正直私のレベルなら余裕だと思うし」

 あの時、と言うのは中学の全日ソロコンの話だ。結局最優秀賞を持っていったのは彼女だったのだが、僕の一つ前に演奏した彼女が僕の演奏を裏で聴いていても何も変な事はない。そうでなければ僕の演奏などわざわざ聴くこともないだろうし。
 あとさ……と彼女は口を補足して言う。

 「山口さん、って硬いから、ユキちゃんとかで良いよ。中学の頃からそう呼ばれてるし」
 「良いの? でも何かきまずいな……」
 「じゃあ、私と二人で居るときだけでも良いからさ」
 「おいおい慣れていく。よろしくお願いします、ユキちゃん」

 言ってから顔が真っ赤になってしまった。基本的に女子相手には呼び捨てかさん付けなのだ。今自分は未知の領域に足を踏み入れている気がしている。
 場所が電車の中でなければ小躍りしそうな笑顔で、ユキちゃんは微笑んでいた。

 「でも、やまぐ……ユキちゃんがそう呼ばれてるの聞いた事ないんだけど」
 「そりゃそうだよ、同じ部活に入る人にしか言わないもん」
 「そりゃあまた過大評価してくれてるみたいで嬉しいけどさ。でも、水無月さんはユキちゃんの事山口さんって呼んでたけど?」
 「あんまりあの子と話してないんだよね、仲良くしたいなとは思ってるんだけど……」
 「じゃあ今度取り次ごうか?」
 「ああいいよ、そう言うのは自分でやるもんでしょ?」

 そんな事を話している間にガタゴトとした揺れが次第に大きくなり、それもじきにやんでいく。終点だ、すなわち目的地に着いた事になる。僕らは席を立ち、改札をくぐる。彼女は僕より少しだけ前へ早足で歩くと、唐突に振り返った。僕も歩く足を止める。

 「ねえ、水無月さんの事、どれくらい知ってる?」
 「え? ええと、そんなに知らないけど……今日から、一緒に練習する事にしてる」
 「そっか……うちのクラスの希望者が、みんな入部できると良いね」

 彼女はそれだけ言って走っていった。笑顔だった表情が一瞬だけ、少しばかりマジになった気がしたのは気のせいだろうか。まあこれは笑顔でする話じゃないのかもしれない。彼女みたいに寝てても通るような実力者ばかりではないのだ、僕を筆頭に。マジな表情で優しい言葉をかけてくれたのは彼女なりの優しさなのかもしれない。

 「よし、頑張るか」

 僕も彼女を追うように、人の波を縫ってその走るスピードを速めた。



 「土屋君その音高いっ!!!!」
 「ごっ、ごめん!! でもしょうがないじゃん! さっきのB♭がちゃんと合うように管抜いてんだから!!」
 「それ審査の先輩の前でも言ってれば!?」

 僕は何も変わっていない。そりゃそうだ、まだ一日目なのだから。音程は悪いままだし、リズムもよく崩れる。しかし、前よりも演奏に打ち込めるようになった気がしていた。きっとこのフルート奏者、僕の対面でぷんすかしている水無月夏海のお陰だろう。
 フルートとクラリネットは音域に1オクターブ(厳密にはフルートとクラの音域幅は違うため正しい表現ではない)の差があるため、一緒にロングトーンをする際片方に極端な負担を強いない場合は必然的にオクターブで平行に重なるような形になる。
 僕は基礎練でよく彼女に怒られる。クラ冷えるじゃんと言ってもフルートだって冷えるでしょと返されては立つ瀬がない。木製なめんなと言いたいが、それを言うと『じゃあ全部の音が基準音より等しく低くなってから言って』とか言われるのだ。嫌になってくる。
 ただ、彼女が変な気を遣ってこないお陰で此方も特に遠慮することは無かった。というかもう無茶苦茶やった。彼女の課題曲はヴィットーリオ・モンティ作曲の『チャールダーシュ』、多分クラシックを知らない人でも一度は聞いたことがあるだろう名曲である。最初の遅いテンポのメロディを、途中から急速なテンポで演奏し、また急激にブレーキをかけ、また(基本的に更に速いテンポで)加速し駆け抜ける曲だ。確かに早いが、慣れれば大したことは無いはずだ。それに元々は同じinCの楽器マンドリン(ギターっぽいがギターより民族楽器っぽい。また、ヴァイオリンとは異なり弓ではなくピックを使う)用に書かれた曲なのだからその辺は頑張ってくれよとも思う。


 「だからっ!!! 絶対このパッセージ抜けた後のこの箇所は音色もろに見られるんだから、気ぃ抜いちゃ駄目だっての!!!!」
 「そういうアテツケで叱るの駄目だと思う!!!!」
 「うるせぇ僕は聖人じゃない未成年だ!!」
 「わけが分からないよ!!」

 ……とまあ怒声が飛び交いながらも息の合っためおとトークで一息つく暇もなく練習に明け暮れていた。正直彼女は上手い。と言うか彼女の音基準でオクターブ下の僕が合わせにかかっているのが情けないところではあるのだけれど。
 ちなみに水無月夏海さん、基礎練習だからこそ分かるが物凄く上手い。本来僕なんかが指導する位置に甘んじていてはいけないはずなのだ。本当に勿体無い、これ程までに基礎を徹底して身に着けている高校生が日本にどれだけ居るだろうか。
 別に嫌がらせやあてつけではない。僕が持っている糞みたいな才覚だって、彼女が身につければ僕以上に輝かせられるのだ。僕のやり方と同じである必要はないが、僕にはこういったやり方しかできない。
 時に心が痛むこともあるけれど、彼女と一緒に居ればその痛みは少しだが和らいでいた。彼女と一緒なら、きっと音楽ができる。音が苦になり諦めた僕が、もう一度音を楽しめるために。

 「じゃあ、そろそろ時間だし」
 「合わせるのは初めてだけど、やろっか」

 二台の譜面台に広げる五枚の楽譜。曲名は『Engage』、恥ずかしながら僕が作った曲をクラリネットとフルートの二重奏に書き換えたものだ。セルフ編曲である。昨日の夜にデータで送って、今日初めて合わせるのだから二人ともほとんど練習をしていない。
 銀の髪をなびかせた皇女が、黒衣の牧師に愛する人、今はもうこの世に居ない彼への想いを告げる。牧師は淡々と業務的に言葉をかける。皇女は次第に声を荒げ、最後には牧師に掴み掛かる。その瞬間黄泉の門が開き皇女は墜ちる。そこは全てが腐り切った世界で、皇女は死を以て穢れた愛を取り戻す。

 僕らは一心不乱に楽譜を追った。フルートは狂おしいばかりの愛を、クラリネットは何を受けても動じない淡々とした暖かい音色を歌う。二人の欠点を浮き彫りにする、ある意味罰ゲームのような曲だった。正直作りたくはなかった。
 そして最後、一度だけクラリネットがfffの音量で牙を向く。短三度の半音階で底まで一気に下り、クラリネットの不協和音を誘うトリル、そしてフルートの弱奏。それは嗚咽と喜びの溜息。

 ……………
 
 「「っっっはぁあああっ!!!!!!」」

 最後の何小節かは全く息を取る場所がない。特に最低音付近でピアノ音量で演奏するフルートにとって此処は地獄だ。二人は同時に酸欠の魚のように息を大きく吸い込んだ。

 「駄目だ、難しすぎる……初見じゃこんなもんか」
 「でも、何か想いを込めて演奏するってのがこんな感じってのは掴めたかも……土屋君のリードのお陰かも」
 「そう思ってくれると嬉しいけど」

 この曲、フルートが一人で盛り上がって発狂する曲ではないのだ。牧師の冷淡ながらも的確な煽りがあってこそ自然にフルートを昂ぶらせていく。そう言う風に作ったのだから当然なのだけれど、それをちゃんと分かって貰えるというのは作曲者としては嬉しい限りである。

 キーンコーンカーンコーン……鎮魂の響きが夕風に乗って反響する。夕焼けが眩しい。僕は日陰に場所を移し楽器を片付け始めた。木管楽器はこの辺が大変なのだ。

 「金曜日、終わっちゃったね」
 「明日と明後日は休みか……そういや、休日って学園内で練習したりできるんだろうか?」
 「出来るらしいよ。でも渡利先生が明日の午後から出張らしいから、明日の午前中しか此処は使えないみたい」

 何とも間の悪い……とも思ったが、休日にまで遠方へ駆り出される不幸を思えば我慢せざるを得ない。そもそもどうしてあの先生が屋上の鍵に限って管理できているのかは甚だ謎なのだが。

 「あのさ、土屋君。明日朝から練習した後に、付き合って欲しいとこがあるって言ったら、困る?」
 「え……いや、全然、全ッ然困らないけども、何かあるん?」
 「必死すぎるよ土屋君……ええとね、これに一緒に行って欲しいんだ」

 テンションにブーストがかかったのを隠そうともしない僕に、彼女は苦笑しながら二つ折りされた一枚の紙をくれた。流石水無月さんだ、折り方が綺麗です。
何かアニメのイベントらしい。OPのCDを歌っているグループの一人が来てサイン会をやってくれるみたいだ。水無月さんこう言うの好きなんだな~、と。視線をスクロールさせて。

 凍り付いた。

 「この作品のファン、マナー悪いしキモいしで有名だからさ。土屋君、前にこの作品好きだって言ってたし」
 「……あ、ああうん。よし、じゃあ明日はとりあえず朝から練習して、午後はこれに行こう」

 口の中をカラカラに渇かせて生返事する僕。流石にこの場では言えない……



 このイベントに来るのが、僕の妹だなどとは。
 [F]

 5限の数学、6限の現代社会を乗り越え半分死んだような状態の僕は、半分ではなく全部死んだような格好で机に突っ伏していた。担任の渡利先生は基本的に帰りのホームルームに定時で来る事がない。それでいて朝のホームルームは時間前にやって来て少しでも遅刻した生徒を容赦なく断罪するから酷いものだ。ブラック企業此処に極まれりである。
 雨は漸く止んでくれたみたいで、植物の葉にから落ちる雫がキラキラと輝いていた。病んでいた僕の心も多少は癒されると言うものだ。
 それでもじめじめとした空気は相変わらずで、そこまで気温は高くないがどこもかしこも下敷きやらノートやらで仰いでいる様が見られた。

 「なあ土屋氏」
 「どうした火野氏」
 「先生遅くね?」
 「いつもの事じゃね?」

 ぐうの音も出なくなる陽介。僕は心底どうでもいいといった様子で突っ伏したまま彼の絡みを回避すると、じめじめとした空気と同化せんばかりのネガティブさでどこまでもメンタルを地に沈めさせていた。そんな所に、何重もの雑音に紛れてカツカツとした足音が教室の外から近づいてきた。足音は途中で止まり、すっと扉が開く。

 「いやぁ申し訳ないっ、所用で少し遅れてな~……と言う事でホームルーム始めるけど、何か連絡ある人……はい、じゃあ終わり、と言いたいとこなんだが、俺の方から一点連絡だ」

 他のクラスのホームルームを実際に見たことがないので何とも言えないが、頻繁に遅刻する一方でこの先生のホームルームは極めて短いらしい。クラスによっては担任教師の有難い()話が数十分続いたりする所もあるそうで、それに比べれば先生が来るまで比較的自由が利きしかもすぐにホームルームが終わると言ううちのクラスはそんなに悪いわけでもないのかもしれない。
 ただそれを言うと先生を調子に乗せるので誰も基本的に言わないようにしている。

 「吹奏楽部に入部予定の奴に連絡なんだけどな、今日までに勅使河原先生の所に入部希望届けを持っていくようにと言うことだ。用紙はこの封筒に入れとく。その際にオーディションの楽譜が配られるらしい、オーディションの内容は詳しく聞いてないから勅使河原先生に訊いてくれ。それじゃあ、ホームルームを終わりますっ」

 起立礼着席のルーチンワークが終わり、クラスメイト達はまばらに散っていく。僕もその中に混じって帰ろうとしたとき、その足を渡利先生が止めた。僕の名を呼び、僕が振り返ると手招きをしている。
 人の波をすり抜け、僕は彼の元へと歩み寄った。

 「何でしょう」
 「お前、結局部活どうするつもりなん?」

 彼はあっけらかんとした様子でそういった。こう言う事を教師が一生徒に訊いても問題ないのだろうか。このお堅い世の中、プライバシーだ何だで摘発されそうなものだけれど。それともそう言う温室栽培の弊害は女生徒にのみ適応されるのだろうか。とんだ男女差別だ。何が男女共同参画社会だ、参画と言っておきながら死角ばかりだ。

 「担任に報告する義務ってありましたっけ?」
 「別に。だから答えなくてもいいけど……昨日の放課後、楽器持って水無月と二人で屋上の鍵を借りに来たからそう言うことなのかとは思ったんだけどな」
 「あれは別に……」
 「俺がお前の事ヘタレだって知ってなけりゃ男女を二人で屋上に行かせるなんてしなかったけどな。いやもう高校生なんて一番そう言うことしたい時期じゃん。俺も性徒もとい生徒を信じたいけど信じる事=誠実では決してないわけよ。俺疑心暗鬼よ。疑心暗鬼でギシアン禁止よ」
 「それ言いたいだけじゃないですか。そう言うことなら帰りますよ俺」

 僕は踵を返そうとする。しかしそんな僕の方を先生は掴む。体罰だと叫べば良かったが、よくニュースで取り上げられるようなモラルのハザードした学校でない此処でそんな冤罪を吹っかけようものなら立場がなくなるのはこっちの方だ。
 
 「まあ、俺が言いたいのはだ。別に完全に楽器が嫌いになったんじゃなけりゃ吹奏楽部でも良いんじゃねって話だ」
 「一人で気ままに演奏するのと大人数で同じ方向向かせて演奏するのはまた別の話でしょう。それに……」
 「安心しろ」

 急に顔を近づける渡利先生。いやキモいんで止めてください、とは言えなかった。この人はたまにマジな顔をする。

 「俺の勤めてる学園の中で、お前を一人にはしねぇよ」
 「……先生が美女だったら、そのまま押し倒してますよ」
 「ま~世の中はそう上手く出来てるわけじゃないって事だ。あとお前、水無月に謝ったのか?」
 「……っ」

 何故それを、とも思ったが、別に誰経由でそれが伝えられたかなどどうでもよかった。僕は苦虫を噛み潰したような顔で先生から眼を逸らす。それを見た先生は僕の挙動を鼻で笑った。ムカつくが、そう思われても仕方がなかった。

 「気にすんな、バラしたのはお前の相棒だ。随分と拗ねてたぞ、中々ご主人が楽器吹いてくれないって」
 「相棒って……あんた一体……」
 「前に会った時はお前共々死んだ魚みたいな眼してたってのに、随分元気になったもんだな。ご主人様だけか、立ち直ってないのは」
 「別に関係ないでしょう。僕が何をやろうと勝手じゃないですか」
 「んで、やりたい事も特に見つかってない……と。勘弁してくれよ、ちゃんと期日までに部活動をクラス全員が決めてくれないと俺が怒られるんだ」

 勝手な物言いだが、言っている事は至極まともな話だった。理由を他人に転嫁する辺りがこの人らしい。徐々に怒りを募らせる僕とは対照的に先生はどこまでも冷静だった。癪に障る。
 僕は踵を返し、先生から顔を背けてそっけなく訊いた。何故そうしたかは分からなかったけれど。

 「……部活動入部の決定って、いつまでですか?」
 「ん、一応来週の月曜までだけど」
 「じゃあ吹奏楽部に入りたい人はどうするんです? オーディションに備えた練習はさせないつもりなんですか?」
 「さあな、ただオーディションは来週から何日かに分けてやるって言ってたと思うけど」
 「……分かりました」

 僕はそのまま真っ直ぐ前へ歩き出し、教室を後にするのだった。


 『おい、さっきの話どういうことだよ』
 『……………』

 たかだか屋上までの階段を、僕は山でも登るような心境で登っていた。非常に心が重い。それでも行かないわけにはいかなかった。
 クルルは、僕の愛すべき()相棒は未だにクラリネットケースの中に引き篭もったまま出てこようとしない。もしかしたらケースの中に居ないのかもしれない、その位何の返事もなかった。
 ムカついたので、僕はエナメルの鞄からケースを取り出し、ケースを少しだけ開けて。ふっと生暖かい息を吹き込んだ。

 『ひゃぁぁああぁあああああっ!!!!!?』
 『……ったく、何だってお前を引きずり出すのにこんな面倒なことしないといけないんだ』
 『うっ、うるさいのね。私にだってぷらいどがあるのね』

 2,30cmの人形サイズで具現化したクルルは翼をぱたぱたと羽ばたかせて宙に浮きながらぷんすかと怒っている。

 『その、一回引っ込んだ手前……』
 『あのさ、昨日はごめんな。お前に当り散らしたりして、悪かった』

 意外とすんなり言えるものだ。言おう言おうとすら思っていなかったのもあるかもしれないが、何事も勢いと言うのは大事らしい。

 『ご主人が辛いのは分かってるのね。今ご主人の事を一番愛しているのは私だって自覚あるし』
 『愛って何だっけ……』

 この勢いで水無月さんにも昨日の非礼を詫びれば良かったのだが、段差を一段上がるたびに立ち止まってしまう。そもそも会いに行っていいものなのかと。会って何を話すんだ。『昨日はごめん。部活には入らないけど応援する』とかか。
 彼女の誘いを断った時点で、絶望的なほどに関係はこじれているのだ。彼女は僕の演奏が好きで寄って来たのだから。
 まあその演奏も散々なもので、もう僕など彼女にとって見ればイベントや宝箱全て取り尽くしたダンジョンのようなものだろう。僕が彼女のような聖女と対等に話せるだけのカードは無いのだ。それだけは肝に銘じておかなければならない。

 『それに、私のためにわざわざ傘を取りに行ってくれたご主人、嬉しかったのね』
 『馬鹿、楽器を濡らしちゃいけないんだよ』
 『ご主人は私が、クラリネットが、音楽が大好きなのね。だから、私は』
 「違う」

 言い切った。思わず声が漏れた。本当は自分だって……いや、考えるのはやめよう。鉛のような足を動かしながら、ついに踏み出した足が空を切る所までやってきた時。僕の前には屋上へ出る扉が姿を現した。鍵は開いているはずだ。おそらく今日も彼女は先生に鍵を借りている。僕はその開き戸に手をかけ、立て付けの悪いそれを強引に抉じ開けた。
 屋上はついさっきまで降っていた雨のせいでほぼ前面が水に浸かっていた。こんな所で練習をする必要もあるまいに……と思ったところで、根本的な事に気がつく。何故彼女はこんな所でわざわざ練習しているのだろう。確かにこの学園の吹奏楽部は結構いろんなところで練習しているみたいだが(特に金管楽器は日光を浴びても即死にはしないため、野外での練習が主だったりする)、ここを選んで練習している酔狂な生徒など彼女くらいのものだ。
 僕は壁越しに彼女のフルートの音色を聞いた。さっき階段を登っていたときから聞いていた音だ。ロングトーンをしている。彼女のメニューの前半を聴いたことがあるから、フルでVerやっているとするとかれこれ1時間になるだろうか。彼女は僕の演奏を絶賛していたが、彼女と比べれば特に絶賛される程のものでもないことがこう言う事からもよくわかる。上積みが無いから、多少の外傷で完全に自分を見失ってしまうのだ。

 『早く行くのねご主人』
 『いや、まあそうなんだけど……っ!!!?』

 強い風が吹いた。それはクリップでとめていたらしい彼女の楽譜を吹き飛ばし、彼女の音色を止める。楽譜が濡れる、思うより先に僕は飛び出し、両手で一枚ずつ、宙を舞う楽譜を掴んだ。

 「つ、土屋くんっ!!!!!?」
 「あ、いや、その……」

 そりゃあ物陰から急に出てきたら吃驚するだろう。素っ頓狂な声を上げる彼女に、僕は何ともばつが悪そうな顔を返した。後ろでクルルがにやついている。後で色々弄られるんだろうな、憂鬱だ。

 「……昨日はごめん。ずっと謝ろうと思ってたんだけど、妙に恥ずかしくて」
 「……………」
 「そのせいで、何も悪くない水無月さんに謝らせてしまって、本当にごめん」

 僕は頭を下げた。クルルへ謝罪したよりもずっと、肉袒負荊する想いで平身低頭した。彼女に許してほしいとは思わなかったが、何故か許してもらえるまで頭を下げ続けようと言う矛盾した気持ちが僕の中にはあった。

 「……じゃあ、下手に出てくれた土屋君にお願い。私の慇懃無礼な発言を、全部無かった事にして欲しいな」
 「へっ!?」
 「それなら、何の問題もないと思わない?」
 「……じゃあ、それでお願いします」
 「うん、お願いされます」

 僕は強く握ったせいで皺のできてしまった楽譜を彼女に返す。何と言うか気恥ずかしい。彼女は残りの楽譜と合わせて譜面台の上でとんとんと揃えると、ファイルの中に仕舞った。

 「ところで、別段気にしてはいなかったんだけど……どうしていつも、わざわざこんな所で?」
 「あ~、そっか。気になるよね。私、誰かに練習してるところを見られるのがあんまり好きじゃないんだ。結構前からなんだけどね」

 彼女は口を開く。曰く、中学時代吹奏楽部の部長をしていたらしい。彼女ほどの容姿と性格なら妥当か。ただ、そのせいか後輩や同期、時には先輩とぶつかることも多かったのだそうだ。

 「私ね、基礎練習をとても大事にしてるんだ。だから、それを疎かにして、合奏とかで周りに迷惑をかけるみたいな人が嫌いで、よく喧嘩してた」
 「まあその意見は分かるけど……言い過ぎって思う人や大きなお世話だと思う人もいるか」
 「普通なら、部長は部員全員が仲良くする事に努めるべきなのにね……色々忙しくて練習に遅れていくことも多かったし、基礎に長い時間を取りたいからって結構自分一人で練習してた。私は自分をうまいとは思わないけど、一本正しい軸は持ってたから、それに外れた人とは激しく対立したの」

 フルートは思ったよりも息を使う楽器で、その簡素な構造故に音程があまり安定していない。それでも彼女は完璧に合わせていたのだろう。彼女の音はそう言う音だ。とても優等生感に溢れた、『まじめにやってます』とでも言わんばかりのスマートな音色をしている。
 中学生で完璧な音程感覚を備えている者がどれほど居るだろうか。フルートと言う立場上、音程がどうのと発言するにはナンセンスな立場だったのかもしれない。
 勿論、音程だけ合わせればいいというものではないのだけれど。それすら出来ない者が何を言ってもという話なわけだ。自分で言ってて身につまされる。

 「あの日の前日も、合奏の時にとある同級生の子と喧嘩したんだったな」
 「……あの日?」
 「ソロコンの全国大会。私の地元で行われるなんて凄いよね。チケット取ってたから、当日はあまり乗り気じゃなかったけど聴きに行ったんだ」

 吃驚した、音程はそんなによくないかもしれないし、インターバルもちょくちょく崩れるけど、とても音そのものがキラキラしてたの。私の今までの常識を根本から覆す演奏、それが……土屋君だったの。、と。
 彼女は夢見る少女のような笑顔をしている。明るくて眩しくて、周囲の水溜りが光の粒を反射して照り返し輝く様子がとても幻想的だった。

 「まあ、金賞は取れないと思ってたけどね」
 「……手厳しいな。まあ、僕もそう思ってたよ。僕も専ら小手先の技術よりも魅せ重視だし」
 「そう言うのって評価されないよね。でも、感動したんだ。ああ、私はこういう演奏がしたかったんだなって。だから、土屋君が同じ学園に来て、同じクラスで、とても嬉しかった。土屋君も色々あっただろうからもう無理に誘ったりはしないけど、時々で良いから練習見て欲しいなって」
 「……時々なんて、淋しいじゃん」
 「……え?」

 僕とは間逆の、でも本質は同じ悩みを抱えた彼女。そんな彼女が本当の音楽を追い求めているのだ。彼女よりも酷い目に遭ったかもしれない、彼女よりも絶望したかもしれない。
 それでも、彼女にとっての僕が居たように、今の僕にとっては彼女がそれだ。

 「多分間逆の欠点があると思うんだよね、僕ら。だから、オーディションまで一緒に練習すれば……って。どうだろう」
 「それって……」
 「いや、まあ思いつきなんだけど、そもそも今から入部希望の紙書いて持っていって間に合うか分かんないし、それでも別に、音楽やるのに無駄なんてないから……」
 「凄く良いと思うっ!!!」

 彼女は急に抱きついてきた。なっ、反射的に振りほどこうとしたが、そもそも僕より身長の高い彼女を振り払えるはずもなく。両肩に胸が当たる。もっと身長差があったら、などといっている場合ではない。僕に足りないのは慎重さだ。

 「ちょっ、水無月さんそれはまずいっ!!!!」
 「はっ!!!!? ご、ごめん」
 「反射的に来た割にちゃんとフルートの事は気遣うのね……」
 「いや、それはまあフルート大事だし」
 「うん、僕も同じ事を言うと思う。ただ僕が言うときは多分社会的に死ぬ時だ」

 僕は教室へ戻り、入部希望届けにサインをし。職員室の勅使河原先生の所へ持っていった。生憎(幸運にもの間違いか)先生は留守だったが、彼の机には希望届けを入れる箱と課題曲の原譜がおいていた。コピーして使えとのメモ書きもおいてある。

 曲名は『クラリネットのための3つの小品』、イーゴル・ストラヴィンスキーの作曲した、三楽章に分かれているものの全楽章が5分内に収まってしまうくらい短い曲だ。過去に聞いた記憶が正しければ、細かい技巧の要求されるかなり難易度の高い曲だったはずである、これをたかだか数日で聴かせられるレベルまで独学で仕上げろと言うのか。幾らなんでも酷すぎる。徹底的に初見さんを排除したいらしい。
 とりあえず全曲コピーし、僕は屋上へ向かった。地獄への階段も、多少足に負担がかかるくらいでそれなりに悪くないものだと思えた。
 [E]

もし、自分が音楽と何の関係もない人生を送っていたら。今頃どうなっていただろうか。
 多分、今とそんなに変わらないのではないだろうか。今と同じように卑屈で、今と同じようにコミュ障で。
 こんなどうしようもない自分はどうすればよかったのだろう。多分、こんな自分を変えてくれる人に運命的に出会う場所にいけば良かったんじゃないかな。

 それなら、大概『運が悪かった』で無理やり納得できるのだろうし。





 次の日。晴れ渡る空の下、僕は駅にて長い列の中順番待ちを余儀なくされていた。何やら脱線事故が起こったらしい。ああ……と僕は残念な気持ちになる。
 恐らく入学式当日に指摘した箇所の点検作業は行われなかったのだろう。あるいは行ったが別の位置がヤバかったとか。と言うか定期的に点検作業って行っているものだと思っていた。非常にげんなりさせてくれる。
 ちなみに今日もクラリネットを持ってきてはいるのだが、昨日怒鳴ってしまった所為かケース内に引き篭もったまま出て来ない。
 やっと自分の番が来ると、僕は学生証を機械に通しバスの乗車券を受け取る。この辺りのフットワークの軽さは学園都市ならではといったところだろうか。バスの時間を待つ必要はあるが、定期を使う分でバスに乗って登校できる。

 「……………」

 駅の中でバスを待っていると、ふと訪れた静寂。ごった返した人々の足音は一つ一つ明確に鳴り響いているのに、それが一瞬だけ聞こえなくなったのだ。一瞬、ほんの一瞬だけ、微かな寂しさを感じた。
 思えば、この数日は色んな人と出会ったものだ。もっと上手く立ち回れれば、その人達が傷つくこともなかったろうに。耳に入ってくる音はどんなに小さくても聞こえるのに、聞こえない音は推測することすら出来ない。
 そんな事を考えていると、曇った空がぽつぽつと雫を落とし始めた。ぽつぽつはしとしとと、そしてザーザーとその顔色を変える。ううむ、どうしようか。次のバスまでもう五分ほどしか無いけれど。

 「……仕方ない、か」

 僕は財布から300円取り出し、エナメルの鞄を駅員に預けた。そして学生鞄を頭上に乗せ、自宅まで走りだす。多分大幅に遅刻するだろうなと思いながらも、それくらいは別に何の問題も無い些細な事だ。
 今思えば、傘を借りるところまで甘えておくべきだったかなと後悔する。そりゃあ僕だって濡れたくはない。そんな趣味はない。それでも。
 自分よりもよっぽど大切な。愛する()楽器を濡らしてはいけないのである。


 結局二限すら大幅に遅刻して教室に入った僕は(他の生徒は全員登校済みだった、二限が理科総合で本当によかったと思う)、へとへとになりながらも席に着き教科書とノートを取り出した。全く授業内容が頭に入ってこないがまだ大丈夫だろう。伊達に中学時の貯金を持っているわけではないし、高等部序盤の授業など中学時代の延長で何とかなる……はず。だったのだが。

 「……つんつん」
 「ん、どうした。自分でつんつんとか言っちゃう点も含めて」
 「今日の授業全然分かんないんだけど。後で教えて」

 一応現在唯一の友人である(と思うことにしている)火野陽介様にそう頼み込んだのだが、彼は前方へ向き直り無言で白紙のノート面を見せてきた。ふざけきった友人である。
 とは言え自分も結果だけ見ればふざけきった人種なのでどうしようもない。しとしとと雨が降り続く中何も実にならない授業はチャイムと共に終焉を迎えた。とは言え何とかしないと僕自身に終焉が訪れてしまう。課題も出てたし。
 なんて感じでうーんと唸っていると、肘が道行くクラスメイトにぶつかってしまった。あっごめっ、と言おうとして顔を上げると、そこには金城さんがちょうど僕がしていたのと同じような顔をして立っている。
 懐には教科書と付箋の大量に挟まれたノート、加えて何冊か参考書を納めていた。授業の一回目で理科の先生が推奨していたやつだ、買う奴がいるとは思わなかった。

 「……ん、なさい……」
 「いや、こっちこそごめん……あっ、あのさっ」

 僕は彼女に勉強を教えてもらえないか打診する。別に一切仲良くなどないはずなのだが、こう言う時だけ袖振り合うも多少の縁だとか都合のいい事を考えてしまうのが僕の強みでもあったりする。彼女はこくんと頷くと、唇をふるふるとさせながら口を開いた。

 「……昼休み、図書、館で……なら」
 「ああ、それじゃあお昼軽く済ませてから向こうで待ってるから。ホント助かる、ありがとう」
 「………ん」

 何か言おうとして、彼女はそれをやめた、ような気がした。そのまま教室後ろのロッカーへすたすたすたと向かい次の授業の教科書とノートを取って自分の席に戻っていく。僕は若干の申し訳なさを感じながらも教材を机の中に片付け鞄から次の授業(国語)の教材を取り出した……のだが。

 「……………」

 ……後ろを、水無月夏海の方を向くことが出来ない。昨日あんな事を言って帰ってしまった以上何かしらの謝罪くらいあって然るべきなのだが、そんな事が出来るならコミュ障やってない。我ながら酷いなと思いながらも、教科書をパラパラめくって行き場の感情を紛らわせる事しか出来なかった……カラン、乾いた鈴の音が僕の足元で鳴る。反射的に僕はその音の正体を右手で掴もうとすると、それは別の誰かの手と重なった。
 水無月夏海、彼女が使っているシャープペンシルはサファイアのような色彩で、先端に鈴が付いているのを忘れていた。

 「あっ……ご、ごめんなさい……」
 「い、いや……」

 僕は顔を赤くし、それを彼女に手渡した。顔など見れたものではない、罪悪感と気恥ずかしさが合わさってどうしたら良いかわからなかった。
 僕は前へ向き直ると、前よりも一層教科書を読み込んでいた。途中で上下逆さだったことに気がつき慌てて直したが。

 「あ、ありがとう……昨日はごめん」

 ……僕は教科書を読む手を止めた。聞き間違いかと思った。僕は後ろを振り返り、今日一度としてみなかった彼女の顔を見る。彼女の顔はきっと僕以上に呵責の念に囚われていた。

 「私の我が侭に付き合ってもらったのに……私、きっと酷いこと言った……」
 「……僕こそごめん。折角誘ってもらったのに、」
 「ごめんなさい、もう無理に誘ったりしないから……」
 「……………」

 僕は無言で前を向く。色んな方向を向いて忙しいことこの上ない。ふふっ、と乾いた笑いが漏れる。気持ち悪いだろうな、傍から見たら。
 今更ながら気がついた、いや最初から気付いていたのかもしれない。気付いていて認めたくなかったのかもしれない、いやきっとそうだ。
 少しでも彼女を綺麗だとか可愛いだとか思うべきではなかったのだ。そもそも僕は彼女が思っているほど凄い人間ではないのだから。それを知ればただただ絶望するだろう。彼女には哀しみ以外に何も残りはしないのだ。
 きっともう彼女と話す事は無いだろう。良いじゃないか、それで。日常会話をたまに交わせればその程度でかまわない。別に無理に話す必要だってないのだ。別に彼女だけがクラスメイトではない。これを機に他のクラスメイトとも仲良くならなければならないだろうし。基本的に外部に頼っていかなければ生きていけない人種なのだ、僕は。

 それから昼休みに入るまで、僕は左腕の震えが止まらなかった。右腕でなくてよかった、右腕だったら字も書けやしない。


 「……土屋君、上の空」
 「っ、ごめん……」

 昼休み。弁当と数分睨めっこした所で食事も喉を通らなかったので、諦めて教材持って図書館に移動した僕だったが、彼女は先に学習机に座って本を読んでいた。何だこの子、自分が言えた話ではないけれど。
 と言うことで勉強を教えてもらっていたのだが、なにぶん集中できない。彼女の言っていることは十二分に理解できるのだけれど、じゃあ実際にと問題を解いてみると筆が止まってしまうのだった。
 昼食を終えた生徒達が続々集まってきたらしく、館内は次第に慌しくなってきた。表立って大騒ぎする馬鹿は居ないにしても、人が多くなるというだけで雑音が増えるのは仕方のないことなのである。心音とか。
 加えて今日は雨なので、普段昼休みを外でのスポーツやらに費やしている連中も此方に流れてきて居たりする。彼女もあまり落ち着かないらしく(だが本は読んだままだ)、いすの上で妙にそわそわしていた。それにもう昼休みの半分近くを費やしてもらっていた僕は、やりかけのノートを閉じて立ち上がる。

 「こっから先は家でまた頑張ってみるよ、本当に有難う」
 「……これ。もし詰まったら、また」

 彼女が取り出した携帯端末には特殊なQRコードが表示されていた。最近流行っているWHISウィズと言うアプリで、チャットや通話が出来る。過去にも似たようなアプリはいくつも存在していたが、隆盛を究めていたアプリの仕様が『携帯の電話帳からデータを勝手に抜き取る』ようになっておりこれが大規模な犯罪に利用されたため、セキュリティの高い安全なこちらが使われる様になったんだけどそれはどうでもいいか。
 その気になれば画像やそれ以上に大きなファイルもやり取りできるため、リア充グループが情報共有(宿題とか)に使っていた気がする。摘発されてしまえばいいのに。

 「よっ、と……登録したけど、金城さんもこう言うのやってんだね。ちょっと意外」
 「……友達、0。気に入った、企業のアカウントだけ」
 「……まあ僕もそんなに登録してないし、登録した後でチャットしたの妹くらいなんだけど」
 「……妹?」
 「うん。女優やってる。テレビ見ないから一度も画面越しに見たことはないんだけどね」

 妙に食いついてきた(普段と比べれば)彼女に少しばかり鼻を高くして説明したが、彼女は特にリアクションを見せるでもなく……と思いきや、急に右手を握り左手にポンと振り下ろした。

 「土屋……涼花……」
 「ああ、知ってたのか。そうそう、本名でやってんだよ。僕とは全然似てないから誰も気づかないけど」
 「……情弱」
 「いや、それはいくらなんでも失礼すぎやしないだろうか」

 右手を口に当ててぷぷぷと笑う彼女に若干のいらつきを覚えながらも、彼女が笑うところをはじめて見た気がした。もっといい笑顔なら良かったのだけど、別に贅沢は言うまい。

 「今日は長い事付き合ってくれてありがと」
 「……大丈夫、問題ない」
 「あーそれは大丈夫じゃないフラグだな。それじゃ、僕は教室に戻るけど、金城さんは?」
 「もう少し、此処に……」
 「そっか、じゃあまた」

 僕の言葉にこくりと頷いて返す金城さん。基本的に人と話すのが苦手なようだが、それでも知り合ったばかりの他人に時間を割いてくれる(それが読書の片手間だったとしても)のだ、悪い人ではないだろう。
 僕は教室へと戻りながら次の授業が何だったか時間割のアプリを見る。そこには、赤文字で(僕がそうした)『数が苦』の二文字が。
 一気に地球の重力加速度が倍加したような感覚に襲われながらも、鈍重な足取りで僕は階段を上っていった。
 [D]

 そして放課後。結局屋上の鍵は二人で一緒に借りに行き、僕らは校舎3階の更に上を目指していた。流石に此処までは手入れが行き届いていないのか非常に埃っぽい。二人ともハンカチで口元を押さえながらの移動だった。

 「あれ、ここ……何か血のにおいしない?」
 「私は特にしないけど……ああ、でも此処なのかもね。昔この学園を卒業した先輩に聞いたんだけど、どこかの屋上に続く扉の前で自殺を図った生徒が居たらしいよ。人間一人が出す出血量じゃないレベルの血が一面を染めつくしたらしくて、学校の怪談だか七不思議だかになってるみたい」
 「へぇ……」

 酸化しきって錆びた鉄のようなにおいが若干ながら残っていたのでそんな話をすると、軽い伝承が帰ってきた。よく見ると床に赤い染みの名残がある。これが全部血液だとしたら相当なものだ。集団で手首を切ったりしたのだろうか。
 そんな事を考えている間に、彼女は鍵をガチャガチャとやってロックを解除し、立て付けの悪いと言われていたその引き戸を力任せに引いて開けた。バシン、と言う音が人気の無い空間にこだまする。大丈夫なのかこれ。

 「ふう、これでいいか……じゃあ行こうか」
 「水無月さん、意外と力あるのね……」
 「そうかな?」

 あっけらかんと言ってのける彼女。明らかに僕より腕力が上な気がする。とりあえず怒らせないようにしようと思いながら、先に屋上へ出て行った彼女に続いた。
 そこはグラウンドが一望出来るとても見晴らしのいい場所だった。そこでは多くの学生がスポーツに興じていた。てかサッカーやってる集団の中にうちのクラスの桜木さんが居るんだけど。男子サッカー部に混じって思いっきり個人プレーしてるしシュートがキーパー吹き飛ばして尚且つゴールネット突き破ったぞ。キーパー大丈夫か。
 自己紹介で『運動部で荒ぶる』と豪語していたが、早速過ぎるだろあの子。あの華奢で幼い容姿のどこにそんな力が込められているのか甚だ疑問だった。

 「うわ……水無月さん、桜木さんって普段どんな感じ?」
 「うん……普通の子じゃないとは思ってたけど。基本的に休み時間とかはただテンション高めの女の子だよ。あと物凄い量のお弁当食べてる」
 「まあよく分からんけども……とりあえずヤバいのは分かった」
 「ま、まあそれはさておき。折角来たんだし練習しようよ」

 陽の当たらず風の吹いてこない場所へ移動すると、二人は楽器を組み立てた。久々だったがやはり身体が覚えているのだろう、すんなりとクラリネットが出来上がっていく。彼女はとっくにフルートを組み上げると、マウスピースだけ外して吹き始めた。
 全てを繋いで吹くと粗が見えにくいため、ベースであるマウスピースだけを吹いて自分の音程や音色を確認するのは割とどの管楽器でも共通したウォームアップなのです。かく言う僕もマウスピースだけを取り出し、リードをはめて吹き出した。
 旗から見たら甲高い不協和音が鳴り響く(勿論口を調節すればいじれるのだけど、クラリネットとフルートのマウスピースから鳴る音は自然に吹いた場合音程が異なる)だけの異様な光景かもしれないが、大体こんなもんだ。普通はもう少し別々の場所で練習するのだけど。

 「……ううむ」
 「どうしたの、水無月さん」
 「いや……ううん、何でもない」

 会話終了。そして二人は音出しに戻るのであった。此処から先は特に記述するべきものも無いため、時間を数十分進めるとして。


 「ねぇ、土屋くん。ちょっと私の音聴いてもらえないかな?」
 「別にいいけど……何だってまた」
 「土屋くんにアドバイスをもらいたくて……それじゃあいくね」
 「あれ、楽譜は?」
 「いいんだ、もう覚えてるから」

 彼女はフルートを構え、息を大きく吸い込んだ。そしてその柔らかい唇をマウスピースに当て、息を通す。
 聴いたことの無い旋律だった。最近の曲だろうか、だとしたら分からない。だが、自然と温かくなるフレーズだった。個人的にフルートは属性で言うと風や水、感情で言うなら感傷や哀愁を歌う事に特化していると思っていたが、これは不思議な温もりがある。
 時間にして数分間の出来事だったが、僕は呼吸をすることも忘れ口の中をカラカラにしていた。最後の旋律が紡がれ、その曲は幕を下ろす。彼女は静かに眼を閉じ、楽器を口から離し。そして大きく息を吸って吐いた。

 「はぁ……こんな感じ。どう、かな?」
 「……とてもいい曲だった。音程も正確だしリズムも乱れが無い、音もよく飛んでくるし、曲に合ったとても温かい音色をしていた。……うん、それが正直な感想」
 「……やっぱり」

 正直、上手いと思う。それでいて、何が『良くない』のかも彼女は分かっているのだと思う。分かっていたからこそ、僕はそんな感想を漏らした。ならば彼女には何が足りないのか。
 簡単な話だ、彼女の演奏では、アナログが超えるべきデジタルを超えられない。彼女の音はデジタルでも出せる。そんな事を言われれば身も蓋も無いように聞こえるが、それが彼女の悩んでいる事だったのだろう。
 贅沢な話だと思う。それすら出来ない奏者が世界には半分以上ではないだろうか。それを備えているだけでも十分だと思う。しかし、それに彼女は甘んじては居ない。

 「私、ずっと前から『お前の音には魅力が無い』って言われ続けてきたんだ。魅力って何なんだろうね、多分音程や音圧、そういうデータでは測れないものなんだと思うけど……」
 「……水無月さんは何を目指して音楽をしてるの?」
 「分からない……でも私は、音楽が好き。それだけなんだ。勿論一人でこうやって演奏するよりも、大勢で演奏するほうが好き。木管も金管も、弦楽器も打楽器も織り交ぜて、それぞれにしか出来ない魅力を最大限ぶつけあって完成する音楽が好き。でも私の存在は、マイナスにはならなくても決してプラスにはなれない。どうしたらいいのかな」

 ……僕は口を噤んだ。答えて欲しいのか、それを。彼女が悩めば悩み続けてきただけ、その模範解答は磐石のものとなるはずなのに。
 『それが貴女の才能の限界』だなんて、言える訳が無いじゃないか。ましてやこの僕が。彼女のように99%の努力で技術を高めながらも1%の才能に恵まれず苦しんでいる子の前で何を言えばいいのか。
 彼女は右手で涙を拭う。そして、無理に微笑を見せてくれた。

 「ねぇ、土屋くんの音も聴かせて。どんなに短いフレーズでも構わない、私が惹きつけられた音、もう一度聴いてみたい」
 「……分かった」

 彼女が僕の音を聴きたかった理由が良く分かった気がした。だからこそ……僕は楽譜を開き、ページをめくり、この曲を選んだ。
 曲のタイトルは『無伴奏チェロ組曲 第1番 ~プレリュードとサラバンド~』、音楽の父、J.S.バッハの作ったチェロ単独で演奏される曲だ。音域としてはバスクラくらいが丁度いいのだが、敢えてB♭クラで挑戦してみようと思う。
 僕は深く呼吸をひとつし、マウスピースを口に当てて……

 積み重ねるアルペジオ、粘り強い弦と弓の摩擦、そよ風の流れと川のせせらぎ。僕は夢中で旋律を奏でた。他に何の感情も挟まない位音の泉に浸かった。重力からも時間からも開放されて、僕は周囲の空間を完全に掌握して……

 なんて事が出来ればよかったのだけれど、上の描写は全部真っ赤な嘘。よくもまあこんな嘘八百を並べ立てたものだ。自分の演奏に全くのめりこめない。ピッチは外れまくりだしリズムも所々乱れた。お粗末にも程がある。
 水無月さんは……黙っていた。一応名誉のために言っておくと、全力は出しました。別に彼女を失望させようとした訳ではないので、と僕が口を開こうとしたとき、別にの一声が重なった。

 「「別に」手を抜いたわけじゃ、無いんだよね……土屋君、凄く納得してなさそうな顔してる」
 「……まあ、思い描いてた演奏はこんなんじゃないよ」
 「音程も悪いしリズムも運指に引っ張られてガッタガタ、コンクールなら容赦なくハネられるんだろうな。だけど……その演奏は、私が確かに惚れ込んだ演奏だったよ」
 「……やめろよ」

 少しだけ、少しだけムキになってしまった。さして親しくも無い異性にこんな攻撃的な台詞を吐いてしまうくらいには。

 「……吹奏楽は相互に干渉しあう究極の団体競技だ。野球もサッカーも一人位下手な奴が居たって多少は問題ないだろうけど、吹奏楽は下手なやつ一人居ればそれだけで傷がつく」
 『凄い暴論なのね。野球部やサッカー部に謝るのね』
 「練習すればいいよ。ずっと吹いてなかったんでしょ?」
 「練習したから……ごめん、帰る」

 僕は楽器を片付け、彼女を置いてその場を去った。逃げるようだと笑ってくれ。事実逃げた事には変わりないのだから。自分の中途半端さが醜くてしょうがない。最初から彼女の誘いを断る勇気も無ければ彼女を傷付けない言葉を選ぶことも出来ず。プライドがあるのか無いのかはっきりしない言動と行動が結局は相手を傷付けると分かっているのに、どうする事も出来ないで居た。

 『ご主人、ド下手糞なのね。だけど私だってご主人は嫌いじゃないのね。それにご主人の演奏だって』
 「お前に僕の何が分かるってんだよ」
 『ご主人は団体行動を嫌がってるだけなのね。あのフルートの子も言ってたのね、その楽器にしか出来ない魅力を折り重ねて完成する音楽が好きだって。ご主人だって同じ事を思っていたはずなのね』
 「だったらどうしたよ。僕の我侭でキャンバスに泥を塗るわけにもいかないだろ」
 『ご主人、ムカつくのね。色々言ってるけど、全部言い訳なのね』
 「だったらどうしたって言ってんだよ!!!」

 誰も居ないはずの階段に怒声が反響する。僕はどうしたいのか。彼女の優しさに甘えているのなら死んだほうがマシだ。別段自殺する勇気があるわけでもないが。その辺りが中途半端なのだと誰か居たら叱責してくれるのだろうか。

 ホラ、ソうやっテまタ他人に頼っテいル。