今夜がどういう夜かというと……。
恋人とふたり、レモン色の駅舎でボスポラス海峡行きの列車を待っている夜、ではなく。
氷砂糖をかじりながら砂浜を散歩していたら、口の中に流星が飛びこんできたひとりぼっちの夜、でもありません。
今夜はわたしが、昼間働いている会社で失敗した夜、です。
おんなじミス、しかも二度目。
原因はくだらない不注意で、明日の朝いちばんに上司に謝りに行かなければなりません。
あと三か月をどんなふうに過ごすか、おしまいの日が来たら次はどこへ行くかいっぺん真剣に考えてみないと……というときに
わたしがぼんやり何を思っているかというと、『やなせたかしさんの絵とメルヘンの世界』のことです。
小学生から中学生くらいにかけて、わたしの愛読書はやなせさんが発行されていた『いちごえほん』と『詩とメルヘン』でした。
生まれるよりも前の雑誌をなぜ読んでいたかというと、母が若い頃に買ったものだったからです。
あれからけっこうな時が過ぎ、母とは音信不通です。
子ども時代だとか、ふるさとだとか。
そういうものからできるかぎり遠く離れたかったのに、
だめだめな日々のおしまいにふと思い出している、絵の中で寄り添う恋人たち。
知らずに食べてしまったビターチョコレートみたいに、甘くほろ苦く、
わたしの夜を漂い続けるのです。