もう治療ができないと告げられたときに絶望したと思ったけど、もう2度と姉と話すことができないとわかった今、本当の絶望を感じています。

闘病ブログは亡くなる直前からものすごくアクセス数が増えると誰かが書いていました。

 

ランキングのトップにある記事は訃報であることも多いです。

 

そしてご本人が書いている場合は当然ですが、家族が書いている場合でも、亡くなって更新が終了するものが多いと思います。

でも残された人の苦しみはむしろそこから始まります。

姉のことを考えない日はありません。

というより1日の大半は姉のことを考えて過ごしています。

外出してもふとしたときに涙が出てしまうので家にこもりがちです。

でも自分を悲劇のヒロインにはしたくない、一番無念なのは姉なんだから、とも思っています。

だからこれからも淡々と日々を過ごしていきます。
 

姉にもっと何かしてあげられたのではないか

 

そんな思いが尽きなくて苦しいです。

 

姉からスマホを託されています。

 

父とのLINEを許可を得て読みました。

 

「悪いんだけど帰りに〇〇してくれる?」とか「買い物あるならついでに〇〇お願いできる?」とか・・いつも気を遣った言葉の数々。

 

高齢の父と2人暮らしで、思うように動けないなか父に負担をかけまいとしていたことが感じられて涙が出ました。

 

元気で動ける私がもっとそばにいてあげられたら。

 

週に1回なんかではなくもっと頻繁に通っていたら。

 

そばに住んであげていたら。

 

実家の近くのウイークリーマンションを検索したことは何度もあります。

 

でも実行には移せなかった。

 

帰国してから1年とわかっていたら違っただろうか。

 

考えても答えは出ませんが後悔の念は尽きません。

 

 

 

 

 

病院での治療が終了してから約1か月半は在宅での介護となりました。

 

80歳を過ぎた父との2人暮らしで私は電車で1時間の距離。不安しかなかったけど、訪問診療の先生、訪問看護のスーパーナースさん、薬局の薬剤師さん、夜間でも駆けつけてくれるヘルパーさん、みなさんの素晴らしいサポートで何とか姉が満足いくまで自宅で過ごせたと思います。

ホスピスに入ってからは息苦しくてつらい思いもしたけど、最後は姉が望んで鎮静の処置をしていただき眠ることができました。

それでも思うことは多々あります。後悔というのとは少し違うけど。

自宅にいるときに苦しい思いや寂しい思いをさせてしまったのではないか。
姉は本当にホスピスに入りたかったのか。
ホスピスに入院してからわずか4日だとわかっていたら最後まで自宅で過ごせたのではないか。
入院初日に息苦しくて眠れなかった夜、遠慮せずにもっと病院に強く訴えるべきだったのではないか。
入院したときにすぐ鎮静をお願いすればよかったのではないか。

さらにもっと長いスパンでみれば、帰国してからの1年間、もっと頻繁に来ればよかったとか、車いすでもっと外に連れ出せばよかったとか、もっと美味しいものを食べさせてあげればよかったとか、「~していれば」という思いは尽きません。

その時その時で最善と思える選択をしてきたと、頭ではわかっています。

わかっているけど納得はできません。

いろいろなことに納得できません。