兄嫁の妹さんが亡くなられて、兄一家を受け入れて。

バタバタとした中でも色々と思うことがありました。


誰にも言えないこと、吐き出したい。

誰かに話したい。

誰かに聞いてもらいたい。



兄嫁の妹さんは40代半ば。

立派な職業に就き、自立された方でした。

独身ということもあり兄嫁のサポートを率先してなさっていて、甥っ子姪っ子への面倒見も良く、子供たちもとても良く懐いていました。


私自身はというと、小姑という立場から遠慮があり。

家庭のこと、育児のことに踏み込んではいけないのではないかと。

夫の妹より実の妹の方が、気心知れた仲だし伸び伸びとできるだろうという思いで、兄嫁の妹さんに任せっきりになっていました。

その代わりと言ってはなんですが、我が家に来た時は家事はこちらでするからのんびり過ごして、と伝えていました。

家事に育児に奮闘し、目まぐるしい日々を過ごしているだろうから、我が家に来た時くらいはゆったり過ごしてほしいと。

実際に兄嫁は、我が家ではのんびりゴロゴロしています。


先日兄嫁から初めて聞いたのですが、妹さんは常々

「私はもう出産は望めないだろうから甥っ子姪っ子のサポートをしたい」

「末っ子の学費は私が出すよ」

「今まで以上に仕事頑張って稼ぐから」

とお話されていたのだそうです。


それを聞いたら、とても居た堪れない気持ちになって。

なぜ彼女が亡くなってしまったのだろう。

私だったら良かったのに。

心からそう思いました。



立派な職業に就き、お仕事頑張ってらして。

しっかりと自立されていた兄嫁の妹さん。

格好良くて憧れの存在でした。


片や私は。

かつて務めた企業が激務続きで体を壊し、精神を病み。

その後の転職では非正規雇用しかなく。

親が倒れたことで退職して家事従事者となり。

自分自身も体調を崩して入院、手術。

現在はリハビリを受けながら療養の日々。

同じ独身でも全く違います。

こんな私が生きていても、甥っ子姪っ子のためにはならないのではないか、と。



そういえば、倒れた親の体調が少し落ち着いてきた頃のこと。

何となく安心したのか私自身が体調を崩した時期があって。

そんな時に兄一家の帰省が重なったことがありました。

不調を抱えながら普段の3倍近い人数分の家事をこなすのは厳しく、結構一杯一杯だったのですが、兄嫁にはぐうたらしているように見えたのでしょうか。

兄嫁にこんなことを言われました。

「今はお義父さんの年金があるから生活できているんだろうけど、いつまでこういう生活を続けるつもり?

早く仕事見つけた方がいいと思うよ。

いくらウチに子供がいるって言っても、みゆきちゃんの老後の面倒を押し付けないで。

お金の援助なんかもしないよ。」


甥っ子姪っ子に老後の面倒を見てもらうとか、お金を無心するとか、そんなこと考えたこと一度もなくて。

そんな風に思ってたのかとショックで落ち込みました。

きっと私の自立を促すために敢えて厳しいことを言ってくれたのでしょうけど。

兄嫁には “いつまでも親のスネをかじっている子供部屋おばさん” に見えたのかな。

実際は、親に頼られ自立の道を断ったのだけど。

精神的にかなり堪えて、未だに忘れられません。


でも冷静になって考えてみると、やっぱり私みたいなのは足手まといというかお荷物になるよなぁ、と。

還暦までには終活を済ませて、我が身の処し方を決めようと漠然と思っていたのですが。

還暦まで生きられる保証なんてどこにもないのですよね。

還暦までなんて悠長なことは言わず、今からでも死に方や死んだ後のことを考えておかなくちゃ。

もう今から死に場所を探すことに決めました。



私は、自分が死んだ後はみんな忘れてほしくて、墓とかも無くていいので、バルーン葬がいいと親に話したことはあります。

私が生きた痕跡は全部消して、親兄弟にも私の存在は全て忘れてほしい。

骨も墓も残したくない。

私に関わることは一切無くなってほしいです。


そのためには何をしたらいいか。

漠然としていて何からしたらいいのか分からないけれど、今から準備せねばと思います。



色々と考え過ぎてモヤモヤムカムカしていたけれど、文字にしてみたら少しスッキリしました。

モヤモヤムカムカはもう終わりにしよう!

さぁ、これからだ!と心機一転、頑張ろうと思います。


まずは疲労を取ってから、ね。




それでは、また。