仕事が終わり、恵は家に戻り、夕食の用意をしていた。
少しして拓海も戻り、恵を手伝う。

「ねぇ、崇に看護師になれって言ったんだって?」

「ん?ああ、お前が入院してる時か?」

「そう。」

「言ったな。それがどうした?」

「別に。」

「何だよ、言いたい事があるならハッキリ言えよ。」

「崇、そうしなかった事、後悔してる。」

「だろうな。」

「なに、だろうなって!」

「なに怒ってんだよ。あの時、看護師になろうとしてれば、お前が医療の道を選んだ気持ちも少しは
解っただろうし、今こうやって一緒に料理を作っているのは俺じゃなくてあいつだったかもしれないんだから、
後悔するだろ?」

「あんたはそれでも良かったの?」

「そう思ったから言ったんだよ。」

「ふ~ん、じゃぁ、崇の言ってる事は間違ってる。」

「何がだよ。」

「あんたは私の事、愛してるくせに、平気でそういう事言うって。」

「何が間違ってるんだよ?」

「愛してないから平気で言えたんだよね?」

「どっちでもいいだろ、そんな事。」

「どっちでもいいよ。」

「ほら!バカ女、出来たぞ、お前、作るの遅せぇよ、貸してみろ!」

「何でいちいちバカバカ言うのよ!」

「いちいちは言ってねぇよ、バカだと思った時しか言ってねぇって。」

そこに崇が戻ってきた。

「おう、お疲れ、丁度メシが出来るぞ。運んでくれ。」

「うん。」

テーブルに料理が並ぶ。
恵はいかにも不機嫌そうだ。

「恵、どうしたの?機嫌悪そうだね?」

「別に。」

「メシ食う時は、普通に食え!」

「ケンカでもしたの?」

「お前が余計な事言うからだろ。」

「俺?俺、何にもしてないよ!」

「お前、看護師にならなかったの後悔してるんだって?」

「少しね。」

「ほら、大して後悔してねぇよ、こいつは。」

「そんな事ないよ、結構、後悔したよ。でも、そんな事でケンカ?」

「俺がお前に看護師を薦めたのが気に入らないみたいだな。」

「違う!それはどうでもいいの。」

「じゃぁ、なんなんだよ?」

「崇、いい、この人は私の事を愛してるから、薦めたワケじゃないんだよ、崇の事を純粋に考えて薦めたの。」

「恵はそう思ってるの?それで怒ってるの?」

「怒ってないけど・・・崇がそんなに卑下する事はないって・・・。」

「卑下はしてないよ。拓海さんは恵を愛してるから薦めてくれたんだよ。それは事実だから。」

「だから、そんな事ないって。愛してないから平気で薦めたの。今は愛してるかもしれないけど、
あの時は違ったの。だから崇は、そんな事で敵わないとか思う必要はないの。いい?」

「バカの言う事なんか気にせず食おうぜ。」

「なんでバカって言うのよ!」

「バカだからじゃない?」

「なんで崇までバカって言うのよ!」

「誰がどう見てもバカだからだろ?なぁ、崇。」

「もういい!」

「それはこっちのセリフだ、バカ!」

食事が終わり、恵が片付けをしている。

「おい、コーヒー淹れてくれ。」

「・・・崇は?コーヒーでいい?」

「うん。」

「じゃぁ淹れるね。」

「なんだよ、俺には返事もナシかよ。」

「拓海さんはちゃんと説明しないの?」

「説明するような事じゃないだろ?」

「じゃぁ、あのまま怒らせておくの?」

「バカだからすぐ忘れる。ほっとけばいい。」

「あはははは!」

「何が可笑しいんだよ?」

「それぐらいじゃなきゃ、恵とは付き合えないなって思って。」

「当たり前だろ、だから最初に言っただろ?お前には扱えないって。」

「そういう意味だったんだ。確かに俺には扱えなかったケド・・・」

「随分楽しそうに人の悪口言ってるみたいだけど、コーヒーは要るのかしら?」

「おっ、ありがとうな。お前の淹れるコーヒーは旨いからな。」

「ふん!」

「あはははは!まだ怒ってる!」

「崇!何が可笑しいのよ!」

「ううん、恵ってかわいいなぁと思って。」

「崇ぐらいだよ。かわいいなんて言ってくれるの。」

「じゃぁ、俺とやり直す?」

「そうしよっかなぁ~」

「おう、好きにしろ、バカ!」


恵がシャワーを浴びに浴室へ入っていった。
拓海は、崇をゲストルームへ案内した。
広い部屋にはPCとベッドが置かれていた。
一番奥の部屋は書斎。
その手前の左右に恵と拓海の部屋があった。

「やっぱり部屋、別々なんだ?」

「ああ。」

「結婚してるのに?」

「なるべくシフトは一緒にしてるけど、夜中に呼ばれる事もあるからな。」

「拓海さんは、一緒に寝たいと思わないの?」

「一緒に寝たい時は一緒に寝るけど、いつも一緒じゃなきゃとは思わないな、あいつもそうだろうし。」

「へぇ・・・」

「ま、お前が居る間は、一緒に寝るけどな。」

「心配なんだ?」

「お前が寝ぼけたふりして俺の妻のベッドに潜りこみそうだからな。
それに、あのバカは気付かず相手しかねないからな。」

「なんだ、残念だな、そのつもりだったのに。」

「お前、そんな事したら、殺すぞ!」

「殺しといて助けてくれるんでしょ?」


恵がシャワーから出てきた。

「二人とも入れば?二人で仲良く一緒に入ってもよろしくてよ!」

崇はシャワーを浴びた後、部屋で本を読んでいた。
明日からの学校に備え、予習をしていた。

恵はリビングのソファで雑誌を読んでいる。
拓海もシャワーを浴び、リビングへ戻り、恵の隣に腰掛けた。

「軽く飲むか?」

「うん。カカオフィズがいい。崇も呼ぶ?」

「崇は疲れて寝てる。」

「そうなんだ。」

拓海がシェーカーを振り、フィズをグラスに淹れる。
自分にはウォッカトニックを作り、テーブルに置く。

恵は、さっきの事などすっかり忘れて、機嫌が直っている。
大きなソファは奥行きもあり、恵は膝を立てて座っていた。
拓海は恵の背後に座り恵の体を抱え込むように足を広げて座る。

二人だけの時はいつもそうだ。
雑誌を読む恵の首筋に拓海がキスをした。
それもいつもの事だ。
お互いに本を読んでいても、気が向くとキスをする。
拓海のキスは首筋から肩へ移動した。
シャツを少しずらしキスを続ける。
恵は、雑誌を読み続けている。
拓海の手がシャツの中に移動し、恵の胸を触る。
それでも恵は雑誌を読んでいる。
気まぐれにお互いの体を触る事なんて特別な事じゃない。
拓海は恵のシャツをまくり、背中にキスをし始めた。
まくったシャツを脱がせると恵の体を自分の方に向かせ胸にキスをした。

「拓海・・・崇が起きるから・・・」

「熟睡してる。」

「でも・・・」

「だったら声出すなよ。」

「あっ・・それは無理・・・」

「じゃぁ、気にするな。」

拓海は恵にキスをし下着も脱がせると更に体にキスをした。


崇は、喉が渇いたので、リビングへ行こうとしていた。
部屋のドアを開けると、声が聞こえた。

「あ、二人共リビングに居るんだ。」

リビングのドアが近付く度に、声が少しずつ大きく聞こえる。
それは恵の声だけだった。

「え?・・・まさか・・・」

  恵の声?でも、この声は・・・

崇はリビングのドアのガラス部分から中の様子を窺う。
そこには、逞しい体をした拓海が恵の体にキスをし、それに応えて声をあげてる恵がいた。
明るいリビングの光の中、愛し合う二人。
崇は恵の表情に釘付けになってしまった。
拓海の指は器用に恵の体を撫でている。
その度に声を出す恵。

「はぁ・・・」

崇は部屋に戻った。

  恵ってあんな顔するんだ・・・。恵ってあんなに声出すんだ・・・。

いつも暗がりで抱いていたので、はっきりと表情を見た事はなかった。
それに、あんなに声をだしてくれた事もなかった。
目を瞑ると、恵の体が思い浮かぶ。
最後に抱いた時のガリガリな体ではなく、健康的な体になっていた。

  あの唇に、胸に、体中に、もう一度キスしたい・・・恵・・・。