どうも、最近は社会復帰ネタだったり、日常のことなどばかりでしたが、久しぶりにセルフワークいたしました。
でもねぇ、わしときたら一応シータヒーラーとはいえ人にしたい気がないし、わしの中でシータの学びはもう終わりっぽくて、気が向いたときにセルフワークしたりセッション受けたりはすると思いますが。
「シータ芸人」や「お多福」がいくら好きでもいい加減タイトル変えないとねぇ。
ともかく。今のわしのお仕事、訪問サービス業。訪問先には車で移動ですが。
仕事で必要なことはともかく、雑談になるとわしの難聴耳が情報遮断というか、受け取る気がないのか?
でもまあわしみたいな元宇宙人の変人さんいらっしゃ~いでも和気あいあいな雰囲気をぶち壊したいわけではなく、仕事がひと段落していればわしだって加わりたいじゃなかですか。
今日一緒にお仕事した人(この人も多分中身宇宙人。笑)がうまい事トリガーかけてくれたので、帰りにワークいたしました。
「聞こえないことが最高最善」「耳をふさいでもふさいでも聞こえてしまう」みたいなのが浮上。
聞こえないことが最高最善じゃ…
道理で補聴器試しても全然ダメだったよねぇ。
多分小学生のころ、酔っぱらった父親の騒ぐ声が怖くて部屋のベッドの中で一生懸命耳をふさいでいたのを思い出しました。
もうおとんネタ多すぎやなやれやれ。
インナーチャイルドを癒したり、おとんにイメージで直談判したり、浮遊霊を光に還したり(うちのおとん酔っぱらって浮遊霊を拾う悪癖…もといお役目か成仏のお手伝いしてるみたいで)、ベッドや家に安眠のための呼び覚ましをしたりするうちに。
「(危険かどうかは)耳が教えてくれる」
「耳を、自分の感覚を、繊細さや敏感さを、サイキック能力を(なんか他にもあったような?)受け入れなさい」みたいに降ってきて。
説教食らったり怖い思いをしたおかげで聴覚情報を拒否しているところがあるよなぁとは思っていたけど。
これもある種の受け取り拒否だったのかなぁ?
耳を信じてお任せしていいらしい??
しかし…
自分で「聞こえないほうがいい」としといて「なんで聞こえないんだろう?」みたいなことやってるからあほというかなんというか…。
これも心屋さんのところでいう「コント」なのかしらん?
とりあえずわしの耳「クリスタルの耳」になってますが…(あくまでもイメージです)。
現実的なところでは、今月会社の健康診断に行けということなのでそこで評価できるといいなと思います(というか入社時に健康診断受けたのになんでだ?)。