お、続きを書けそう。


一瞬パスワード忘れて入れないかと思った。


見る人にとってはつまんねな~って思うかもですが笑

まぁ、色々整理したいので書いています。


その2です。


その3で完結する予定です。


今回も長いです 了承ください。


スタート。


友達の紹介により、日本人(T君)一人でオリジナルを作ってる人に出会った。

そのT君カーステから音源を聞かせてくれた。

俺の中に衝撃が走る。一見簡単な演奏だけど、

歌詞や歌が心に響く。


最初は遊びで、その人がやってるジャンルとは違う

Linkin ParkやSeven Dustとかのコピーやって

メンバー入れて新しくやって、何回もメンバーを変えていくうちに

なんとか固まってきた。

T君がドラム、俺がベース、アメリカ人のTayがギター

最初はSlayer や System Of downなどをコピーして

ヘヴィ系のオリジナルを作って、精力的に活動しようと話していた矢先、

ボーカルを募集してたんだけど、ヤクやってラリってる人とか、

シャウトはうまいのに歌音痴だとかしかこなくて、色んなストレスがたまり、分裂及び解散。

現在Tayはどっかの州でバンドやってて少しづつ売れてきてるらしい・・。

T君が学業のため別な州に移ることもあって活動終了。


その後、俺も別な学校に移り、その1で出てきたボンジョビ男から

アジアンバンドでサポートでドラム叩いてほしいといわれ、てサポートとして加入

アメリカにいるのになぜか椎名林檎とか、B’zとかしかやらないバンドに不信。

さらに初心者だらけで、ガタガタ。


Voは歌はうまくて、英語ができる

Gtはボンジョビ男

Gt2は初心者、韓国人

Baは香港人


ボンジョビ男の多大なる迷惑により、他のメンバー全員の信頼を失くすことにより解散。


その後前のバンドのBaの香港人から、別のバンドをやってみないか?ということで入ったバンド

2人のギターがすごくうまくて、バンド自身そして、自分自身に多大なる成長になった。

コピバンだけど、学ぶことがたくさんあって、楽しかった。

Muse とかTravis とか自分が聞かなかった音楽をやる分には

すごく新しくて、叩くことに物足りなさは感じなかった。

このバンドはライブすることはなかったが、みんな学業や帰国のため解散。


このくらいになってくると、勉強そしてプライベートにも余裕が出てきて、

ようやく自分自身にオリジナルを作るという時間ができた。


日本人コミュニティの掲示板を通して

ベースとして加入、今回はメンバー全員が知らない人だったので、

オリジナルもやれるはずもなく、コピバンをし続けた。

しかしながら、自分にとっては成長できるバンドだった。

コピバンだけど、寺でライブをして、面白く色々やってきたり。

しかし、俺自身、短大の卒業間近で、進学をするかそれとも帰国するかの選択をせばまれたとき、

帰国を選んだ。帰国するにあたって、やり残していたことを思い出した。


それは「オリジナルCD」を作ること。


メンバーを説得し、そして公共のライブハウスではあまりコピバンとか

著作権上できないとかを聞いたので、そういう理由もありオリジナルをやることに。

個人的に作っていた音源を引っ張り出して、それをバンドでアレンジして

当時付き合ってた彼女にジャケット写真撮ってもらって、

彼女の友達にジャケットの表紙を手がけてもらって。

時間上3.5曲のミニアルバムを期限ギリギリで作った。


ああ、これで自分の目標が達成した、これでもう思い起こすことは無い。

もし日本でバンドやるとしたら、もっともっと、進化の遂げた「音」を届けてやる!

と、思い、一昨年、日本に帰国。


短大で卒業して日本に帰っても、思いのほか就職先が見つからず

やはり4大卒じゃないと仕事の選択が限られてくることに気付き、

もう一度アメリカに戻って4大進学する。という決意し、

と同時に今度はオリジナルでライブしてやる! っていう気持ちを掲げたまま

去年ココ、アメリカに戻ってきました。


新たな化学反応と嫌悪により

色々な想いがぶつかっていく・・・。


その3に続く・・・(ときもある・・・)