――とうとう帰って来た、生きてあの水音を聞くことが出来た。


山本周五郎『蜆谷』より


時は慶長。石田三成領の農民である弥之助は「領主一代の合戦があるため、心ある者は陣へまいって働くように」という布令のもと、西軍の槍足軽として関ヶ原の陣に加わった。しかし負け戦となり命からがら逃げおおせる。他所で職を見付け産まれ育った村へ母親と妻を迎えに行くも、妻とは離縁したことにされており母親は敗残兵の家族だと村八分にされていた。それを見た弥之助は……というお話。

王道の時代劇展開。こういうお話は読み終わった時に胸のすく思いがしますね。奉行の裁きはあくまでも転機で、ちゃんと村人と話して終るのにも好感を持ちました。

弥之助が冒頭で出くわしかけた二人とお話の最後ですれ違うのですが、序盤では落武者として飢えと疲労を抱え身を隠していた弥之助が最後には微笑みを浮かべて二人とすれ違う、その対比がまた良いんですよね。

一番好きなのは産まれ育った土地の沢の音を聞いて弥之助が涙を浮かべる場面です。何だか東日本大震災でようやく家に帰りついた時を思い出してしまいました。

ちなみにこのお話主人公は西軍、御奉行は井伊家なので、東西どちら寄りということは無いです。




今回は作中で登場した一粒の米もない稗粥を中心に、蜆谷をイメージして蜆の醤油漬け、蜆出汁のジュレ、生姜チップスを作ってみました。

蜆出汁が勿体無かったので稗粥を蜆出汁で炊いてみたらとても美味しかったのですが、この豊かな旨みは解釈違いなのではという葛藤が。美味しいからまあ良いか。全体的に日本酒が恋しくなる仕上がり。


この蜆でっかいでしょう。そういう種類らしいです。最初は小さい蜆で汁物を作るつもりだったのですが、大きな蜆を見たら醤油漬けを作りたくなってしまいました。色をそのまま活かしたかったので透明醤油使用。