『静かだった。虫の声が雨のように繁く聞えてきた。外には月が冴えていそうな夜だった。』
豊島与志雄『月明』より
夏の終わり。避暑地を訪れていた若い男女の、怪しく美しく少し背筋が寒くなる、恋になりそうでならなかった物語。
怪談要素はミスリードですよね。数々の怪談的な演出と俊子の魔性の魅力から、初読時は途中まで幻想文学なのかと思っていました。純文学でこういった構成は珍しいような気がします。それとも、怪談風にすることで直接的な表現を避けたのでしょうか。
海に出た夜に何があったかは謎ですが、その後の静夫の行動で何となく察せられるものが。怪談でないならそういう事かな、と。
このお話の最後の一文が好きなのですよ。
「外には月が冴えていそうな夜だった。」
冴えていた、ではなく、冴えていそうな、なんですよ。シンプルに俯いていて外を見ていなかったというのもあると思うのですが、これは夏を過ごした海街を思い浮かべているのだろうなと思ったのです。晩夏の海ではしゃいでいた男女はもういない、秋虫が鳴く静かな終幕。
今回作ったのは太刀魚の塩焼き、鯵の酢締め、「月が冴えていそうな夜」のイメージで作ったノンアルコールカクテル。
漁師町が舞台なので作中に登場した鯵と太刀魚を使ってみました。添えてあるジュレは、昆布だしと透明醤油を合わせたもの。だしを出す時にバタフライピーを入れて青みを出しています。
ノンアルコールカクテルの中身はブルーキュラソーシロップ、黒すぐり果汁、レモン果汁、ミネラルウォーター。落ちた影が青白い月に見えていれば幸いです。