『長羅は彼の指差す方を振り向いた。そこには、肉迫して来る刃の潮の後方に、紅の一点が静静と赤い帆のように彼の方へ進んでいた。』



横光利一『日輪』より



不弥の姫、卑弥呼を巡る物語。

人の醜さを描いたお話でありながら、あまりの語感の良さに頭の中で台詞に曲が付いたのはここだけの話。テンポと言葉のキレが良いので掛け合いがミュージカルのようなのです。

それと引用した部分なのですが、「肉迫して来る刃の潮」から「紅の一点が静静と~」の静動のコントラストが好きです。硬質な色合いの中の一点の紅というのも良い。軍勢を差して刃の潮と表現するのも流石ですよね。

卑弥呼の衣の色が登場時は薄桃、婚姻で白から血の赤、最後に紅になるのも演出的なものなのでしょうか。卑狗の大兄が序盤に「爾は穢れている」と冗談で口にしますが、その後卑弥呼が己の穢れを思い浮かべる場面もあるのはそういう事なのかな、と。いや最後に紅なのは囮なので目立つ必要があると言えばそれまでなのですが。




今回作ったのは鹿肉の塩焼き、ブラッドオレンジの煮付け。塩焼きの下に蘿蔔(すずしろ。大根)のリボンサラダを敷いてあります。

周囲を魅了して止まない日輪、そして彼女を手に入れんが為に流れる血のイメージでブラッドオレンジを使いました(作中に登場する橙や蜜柑と迷ったのですが、やはり血と紅のイメージが欲しくて結局こちらに)。それ以外の食材は作中に登場するもの、または弥生時代から存在していたと言われているものを使いました。

盛り付けはヲシテ文字の「あ」をイメージ。


ブラッドオレンジの煮付けは字面から危険臭がしますが、味覚的な役割はオレンジソースのようなものです。甘辛く煮付けたブラッドオレンジを癖のある鹿肉と一緒に食べるのです。オレンジソースその物が苦手な方にはごめんなさい。


作中にも登場する鹿肉は丸一日牛乳に浸して血抜きをし、臭みはしっかり抜いてあります。この工程をちゃんとやっておくと食べやすさが段違いなのでおすすめ。繊維も柔らかくなって牛肉に似た感じになりますね。

焼く直前に牛乳を拭き取り塩胡椒を振って片面は強火で焼き目をつけ、ひっくり返してもう一面は弱火でじっくりと。

美味しく戴きました。