『二人は黙ったまゝ現在を比較しあっている。幻滅の輪の中に沈み込んでしまっている。二人は複雑な疲れ方で逢っているのだ。小説的な偶然はこの現実にはみじんもない。小説の方がはるかに甘いのかも知れない。微妙な人生の真実。二人はお互いをこゝで拒絶しあう為に逢っているに過ぎない。』
林芙美子『晩菊』より若い頃に情熱的な恋をしていた二人が、年を経て再び顔を合わせる。ですが、主人公きんのもとを訪れた男、田部の目的は金の無心でした。甘さは無い、かつての恋と現実のお話。
思い出話を聞いているような分かりやすい文章でとても読みやすいです。切れ味鋭く艶やかな言葉選び。内容的には好みが分かれるかと。
それにしても、別れてから数十年の歳を重ねて再び会うってどんな感じがするものなのでしょうね。
想像してみたら冒頭であれこれ支度するきんの気持ちも分からなくもないかな、と思いました。きんの場合は女性としての見栄の側面が大きいように思うのですが、綺麗に見られたいのは悪いことでは無いですものね。
色褪せていく心の描写、終盤の緊迫感は息を飲みます。幻滅したきんが写真を火鉢にくべ、その匂いを誤魔化す為にチーズをくべる場面は何とも洒落ている。そしてやや喜劇的に、哀愁を余韻に残してお話は幕を閉じます。
このお話は歳を重ねてからまた読みたいものの一つです。
ところで、とあるお薬が栄養剤やエナジードリンクのノリで登場するのに少し驚きました。作中の時代では合法でしたしね。そういう感覚で使われていたんだなぁ。某お薬の危うさが知られていなかった頃なのですね。
今回作ったのは、焼きチーズに茹で麦と塩昆布を乗せたものと、菊と里芋とハムのチーズ焼きです。
麦と塩昆布は田部が来る前にきんが食べていた場面から。きんの日常のイメージです。若い頃の恋を経ての現在。麦多め、塩昆布少なめが良かったかもしれない。
パリパリに焼いた焼きチーズは簡単で美味しいのでおすすめです。これだけでも美味しい。テフロンのフライパンで、油はひかずに弱火でじっくり焼きます。
チーズ焼きの方は、下茹でした里芋にクレイジーソルトを軽く振り、菊を散らしてオリーブオイルをひと回し、その上にハムとチーズを乗せて焼きました。