『それを、伝え聞いた将も兵も、みな血を沸らせて、瞼を熱くした様子である。その猿殿のお胸のうちを思い、湯漬を共に食りながら、出陣までの半夜を、母に侍して機嫌を取っておられるのを見ると、わしは事もなげなそこの笑い声を、他耳に聞いてはいられなかった。』


吉川英治『茶漬三略』より


主人公・柾木孫平治の視点から明智光秀と豊臣秀吉を描き、その中で真に生きるためと志を立てる物語。
後世悪役として見られることが多い光秀公ですが、このお話では勤勉で品の良い好人物です。実際そうだったのだろうなと思います。本能寺の変辺りから様子が変わって来るのですが。

そして太閤さんの人たらしぶりよ。
備中高松城攻略から中国大返しまでの知略はもとより、その懐の深さ。
金も米も己のところには残しておかぬ、全て分配しろ、兵の妻子に茶の一杯もゆっくり飲ませてやれ、と、こともなげに奉行に伝えます。
開け放った広間で兵と変わらぬ湯漬を食べ、親子で談笑する。その姿を兵も見ている。
この溢れる親しみが太閤さんの魅力の一つですよね。そしてそれを描き出す筆力よ。

引用した部分、孫平治は自分の母親のことも思い出していたんだろうなぁと。

凱旋し賑やかな姫路城の様子から一転、山崎合戦へ向けて進軍する、孫平治が真に生きるための歩みを進めるところでお話が終ります。

歴史小説を初めて読む方にお勧めの一作。



今回作ったのは、小休止で太閤さんがお食りの湯漬です。
焼き味噌と香の物を添えるのが当時の定番なのだとか。時期物で白菜を漬けてみました。
焼き味噌は小さい杓文字に盛って炙り、より香ばしくしてあります。