『女の顔は男の憎しみがかかればかかる程美しくなるのを知りました。』
『考えて見ると彼女の顔にあんな妖艶な表情が溢れたところを、私は今日まで一度も見たことがありません。疑いもなくそれは「邪悪の化身」であって、そして同時に、彼女の体と魂とが持つ悉くの美が、最高潮の形に於いて発揚された姿なのです。私はさっきも、あの喧嘩の真っ最中に覚えずその美に撲たれたのみならず、「ああ美しい」と心の中で叫んだのでありながら、どうしてあの時彼女の足下に跪いてしまわなかったか。』
谷崎潤一郎『痴人の愛』より
妻への愛に翻弄される男の話。
主人公・河合譲治は、とあるカフエエで働くナオミという十五の女給見習いを引き取り、将来見込みがあれば妻にと、英語や音楽を習わせたり一緒にダンスを習ったりと世話をします。
ナオミは美しく奔放に成長していく。
瑞々しい女性の肉体美、描き込まれたフェティシズム。終盤のナオミの美しさには鬼気迫るものがあります。
あの描かれ方からして、ナオミは結局のところ、自分を本気で愛してくれるのが河合だけだとは分かっている気がします。生活面でも頼りっきりでしたし。それで相手を愛せるかどうかは別問題ですけどね。
ナオミの美しさもさることながら、それを女神と形容し最終的に彼女の行動全てを受け入れる河合もまた凄まじいなと感じました。ただ、例え愛があろうとナオミの英語を下手だ馬鹿だとなじったのはいただけません。ナオミとの関係がおかしくなったのもあの辺りからですよね。
個人的には、仕事が終わり鎌倉の宿へ帰ってくる時の風景がしっとりと美しく、とても好きです。まあ嵐の前の静けさですけどね。その後がまさしく嵐で、緩急の妙に唸ります。
今回作ったのは、ビーツと蟹のテリーヌ、ビフテキ。石榴とビーツのソース、お花を添えて。
ナオミ、お伽噺の家、河合からの愛とナオミの感情、そんなものをイメージして作ってみました。
ビフテキは作中の惜しみ無く描かれたフェティシズムの部分をイメージ。このお話を料理にするならメインは肉料理だろうと。ナオミの好物でもありますし。
テリーヌのピンクの部分はビーツの色です。着色料は使っていません。味は蟹クリームコロッケの中身を想像して戴けると近いと思います。
派手さはありつつ庶民的な味を目指しました。
花とソースはそれぞれ道端の花ではしゃいでいた少女の頃と、成長してからのナオミのイメージ。