『廣瀬川

 都の塵を逃れ來て
 今わが歸る故郷の
 夕凉しき廣瀬川
 野薔薇の薫り消え失せて
 昨日の春は跡も無き
 岸に無言の身はひとり。

 時をも忘れ身も忘れ
 心も空に佇ずめば
 風は凉しく影冴えて
 雲間を洩るゝ夏の月
 一輪霞む朧夜の
 花の夢いまいづこぞや。

 憂よ思よ一春の
 過ぎて跡なき夢のごと
 にがき涙もおもほへば
 今に無量の味はあり
 浮世を捨てゝおくつきの
 暗にとこしへ眠らんと
 願ひしそれも幸なりき。

 流はゆるし水清し
 樂の、光の、波のまに
 すゞしく澄める夜半の月、
 あゝ自然の心こゝろにて
 胸に思のなかりせば
 樂しかるべき人の世を。』


『月と戀

 寢覺め夜深き窓の外
 しばし雲間を洩れいでゝ
 靜かに忍ぶ影見れば
 月は戀にも似たりけり。

 浮世慕ふて宵々に
 寄する光のかひやなに
 叢雲厚く布き滿てば
 戀はあだなり月姫よ。

 あだなる戀に泣く子らの
 手に育ちけむ花のごと
 色青じろう影やせて
 隱れも行くか雲の外。』


『荒城の月

 春高樓の花の宴
 めぐる盃影さして
 千代の松が枝わけ出でし
 むかしの光いまいづこ。

 秋陣營の霜の色
 鳴き行く雁の數見せて
 植うるつるぎに照りそひし
 むかしの光今いづこ。

 いま荒城のよはの月
 變らぬ光たがためぞ
 垣に殘るはただかづら
 松に歌ふはただあらし。

 天上影は變らねど
 榮枯は移る世の姿
 寫さんとてか今もなほ
 あゝ荒城の夜半の月。』


土井晩翠『天地有情』より


『荒城の月』の作詞で著名な土井晩翠先生、その第一詩集です。
名作と名高い『星落秋風五丈原』も収録されています(引用は憚られるボリュームですので、興味がある方がいらっしゃいましたら、お手にとってみて下さいね)。

ところで、私が読んだものには『荒城の月』も収録されていたのですが、『天地有情』が初版の頃には『荒城の月』は掲載されていなかったそうです。……と書いておいて何ですが、思えば作られた時期的に当たり前でしたね。

寂寥の中に美を見出だす作品が多いように感じます。寂れた、枯れ葉のさざめきのような言葉選び。文体が硬質なのもそう感じる一因かもしれません。
それと、『月と戀』の「あだなり・あだなる」は「儚い」の意味だと解釈しております。



今回作ったのは弦月を浮かべたブルームーンと、モスクッキーを纏わせたロックチョコレートです。お花も食べられるものを使用。

ブルームーンはジンの替わりに天然水を使っています。
余談ですが、ブルームーンという名前なのにヴァイオレットなのは何故なのかと思い調べてみたのですが、このレシピが出来た当初はブルーキュラソーで作られていたのだそうな。いつから入れ替わったのでしょう。うーん。

ロックチョコレートにモスクッキーをまぶして荒涼とした情景をイメージ。所々に登場するお花を添えて。