『「そう甘いというほどのものではないけれど、野生のものを取って来てこうして話しながら食べるのは何だかいいね。」と、青木さんもお食りになる。
 「久しぶりのようで珍しうございますわ。」
 おくみはハンケチを出して指先を拭いた。ちゃんと着物を着換えた昼の心持にさそわれて、うっすらと目立たぬほど白粉をつけて来たのが、気はずかしいようでもあった。』


鈴木三重吉『桑の実』より


主人公・おくみと、画家の青木さんや坊っちゃんとの気取らないやり取りが微笑ましく、ずっと読んでいたいなぁと感じる本でした。
おくみが青木さんのお宅に女中として御厄介になるところから、別の場所へのお勤めが決まるまでの数ヶ月、平凡で愛しい、静かで優しい、それでいて少し寂しい日々のお話。
何気ない生活の中でふとした時におくみの視線が外や画に向かい、瑞々しい感性がお話を彩るのが印象的でした。
おくみが青木家に来て初めての朝の景色がとても好きです。

ところで、おくみと青木さんの恋になりそうでならない何とももどかしい距離感、この答えのない感じが良いなぁと思ったのです。
三重吉先生解題にて曰く「あくまで鈍感を保つために、異性との対人的交渉にも滅多な展開もつけられず……」とのこと。



桑の実が出回る季節になったら作ろうと決めていました。
という訳で主役は桑の実です。残念ながら赤いものは手に入りませんでした。幾つか混ぜたかった。
彩りに生野菜とドレッシング、それに餅網をかけて焼いたパンにバタをつけてみました。ドレッシングが白飛びしている。
当時は餅網でトーストにしていたのだなぁと思いを馳せながら焼いたのですが、餅網で焼くのが地味に難しい。気を抜くと焦げるので、弱火で焼きました。
華やかな色ばかり使い、全体的には寂しく……というのを目指したのですが難しい。主役の桑の実が黒いのでその時点でハードルが高い気も致しますが。






ところでこのお話、

「そう甘いというほどのものではないけれど、野生のものを取って来てこうして話しながら食べるのは何だかいいね。」
(※作中、青木さんの台詞)

ということで『桑の実』という題名なのでしょうか。

味をはっきりさせるために桑の実をコンポートにしようか少しだけ迷ったのですが、やはりそのままでなくては『桑の実』ではないかな、と思い直しました。何となく。