『典型

 今日も愚直な雪がふり
 小屋はつんぼのやうに黙りこむ。
 小屋にゐるのは一つの典型、
 一つの愚劣の典型だ。
 三代を貫く特殊國の
 特殊の倫理に鍛へられて、
 内に反逆の鷲の翼を抱きながら
 いたましい引の爪をといで
 みづから風切の自力をへし折り、
 六十年の鐵の網に蓋はれて、
 端座肅服、
 まことをつくして唯一つの倫理に生きた
 降りやまぬ雪のやうに愚直な生きもの。
 今放たれて翼を伸ばし、
 かなしいおのれの眞實を見て、
 三列の羽さへ失ひ、
 眼に暗綠の盲點をちらつかせ、
 四方の壁の崩れた廢墟に
 それでも静かに息をして
 ただ前方の廣漠に向かふといふ
 さういふ一つの愚劣の典型。
 典型を容れる山の小屋、
 小屋を埋める愚直な雪、
 雪は降らねばならぬやうに降り、
 一切を被せて降りに降る。』


『山からの贈物

 山にありあまる季節のものを
 遠く都の人におくりたいが
 おくらうとすると何もない。
 山に居てこそ取り立ての芋コもいいし
 栗もいいし茸もいいが、
 今では都になんでもあつて
 金がものいふだけといふ。
 それではいつそ
 舊盆すぎて穗立をそろへた萱の穗の
 あの美しい銀の波にうちわたる
 今朝の山の朝風を
 この封筒一ぱい入れよう。
 香料よりもいい匂の初秋の山の朝風を。』


高村光太郎『典型』より


きっと再販するのは難しいだろうなと思い買い求めた、私の本棚では数少ない当時の本です。
責任を真っ向から受け止め、批判の中に己の魂を見る。
静かで壮絶な、そして真っ直ぐな一冊です。


今回作ったのは雪を模した白野菜のサラダと、ミヅのたたきを載せたお粥。
時期的に生のミヅは手に入らなかったので水煮を使っています。
現代では通販が進歩して都でなくても色々揃うようになっていますが、新鮮な地のものや山の朝風は山であればこそですね。