『あなた。髪結さんの帰り……もう三月になるわネエ。』


永井荷風『濹東綺譚』より


趣のある描写が素晴らしく、個人的には出逢いの場面が好きです。あわただしく駆け出す人々、物の怪のように走る紙屑、轟く雷鳴、ぽつりぽつりと降り出す雨。
通り雨が街の空気ごと伝わって来ます。

それにしても、こういう恋の遊戯は、お互い踏み込んで良いのはここまでと心得ているから出来るものなのでしょうね。遊び方の上手い老作家と遊女、二人の独特の空気が哀しくも粋を感じさせてくれます。

この本は歳を重ねたらまた読みたいと思うものの一つです。
『わたくし』こと大江先生くらいの歳になって読んだら、きっとこのお話の受け止め方も違って来るだろうなと。




今回作ったのは作中に登場した氷白玉、それに無花果と葡萄を添えてみました。

大江先生が彼女と距離を置いている間、溝際から彼女の家の窓を見るのですが、その溝際近くに無花果と葡萄が茂っているのです。その葉が少し薄くなり秋が近付くのを感じる。この辺りの描写も好きです。

この一皿を作るにあたり、当時(昭和12年)のかき氷はどんなものだったのか軽く調べてみたところ、当時は、

・砂糖をかけたもの
・砂糖蜜をかけたもの
・小豆餡をのせたもの

の、三択だったようです。今回は砂糖をかけました。暑い日にもってこいのシンプルな美味しさ。