Da snoring of the pug

Da snoring of the pug

『 Da snoring of the pug 』は『 パグのデカいびき 』と訳します。私の愛犬『 紋乃介 』のいびきは【 心の安らぎ 】ですwww・・・・・彼女が出来、新しい一歩を踏み出す元気が出てきました!!

Amebaでブログを始めよう!
ここ数カ月、まともな更新をしていなかったのにな・・・

こんなブログでも見に来る人が居るもんなんだなぁ~

youtubeのUPをしただけなのに・・・w




笑うしかねぇwwww
14日の夜、静岡に向けて出発。
仕事で次の日に人と会う予定だったので・・・

で、この大雪。
14日の午後11時頃、本庄寿三丁目交差点で最初の足止めを食らうことになり、県道45号線へ移動。
豪雪の中、ミニバンを上武道路へ向けて出発。
RV車のような走り方をしながら、上武道路にでた・・順調だった・・川越まで。

川越の指扇って場所?荒川にかかる16号の河川橋のところで渋滞にはまる。
午前5時頃。
それまでの間、情報収集のためラジオをつけっぱにしていたけど・・・
どこも交通情報で国道や一般道の情報を流していなかった。
で、その橋の手前で、午前10時まで缶詰。

やっと動き出してとりあえず、近くにあったセキチューに避難。
箱根も通行止めなので、静岡に行くことはあきらめて安中に帰ることに・・・
それから何時間かかったろう?
高崎に着いたのが、午後10時頃・・・パグともさんがヘルプしてくれたので、そのご厚意に甘えることにした。

睡眠時間は・・・・二時間程度・・・・
転寝をした程度。

次の日、午前7時頃目が覚めて・・・けど・・・体が動かなく・・・

結局、動けたのが9時頃。
で、ゆっくりしてから10時頃出発・・・
安中の自宅に着いたのが、午後2時頃。
安榛トンネルが除雪されていなくて、通行止め(今は通行はできるが、反対側が通行困難)
18号が、14日から碓井バイパスの通行止めで大渋滞。
裏道を駆使して、やっと自宅に辿り着いたのが、午後2時頃。
でも、自宅前の道路は未除雪。
除雪されるまで待ってから自宅前まで行き、駐車場の除雪を終えて・・・やっと帰宅できた。

新婚旅行も兼ねていたのに・・・とんだ、ドライブになっちまった・・・(TT



でもって、会社に来たら・・・腰の高さ以上の雪が・・・
もちろん、倉庫の一部が崩落、工場も潰されて・・・

現在、途方に暮れている・・・
被害総額数千万ってところか・・・

新しい、商品が出来たってのに・・・
2013/12/24、再婚した。

とりあえず、報告アヒャヒャヒャヽ(´>∀<`*)ノアヒャヒャヒャ!!


今度は失敗しない結婚生活にしたい。



Android携帯からの投稿
韓国 ベトナム戦争での「ライダイハン」を史実から消去画策
NEWS ポストセブン 11月13日(水)7時5分配信

国際情報誌『SAPIO』が12月号で『韓国が背負う「嘘の代償」』と題する大特集を行なっている。ここでは、なにかと日本を批判するものの、あまりにも根拠が薄いような主張をする彼の国のあり方に疑問を投げかけている。

 旧日本軍による「慰安婦強制連行」を捏造した韓国は、もともと売春婦であるはずの慰安婦を「SexSlave」として国際社会に浸透させた。その傍らで、ベトナム戦争(1960~75年)に参戦した韓国軍による現地婦女子への性的暴虐は史実から消し去ろうとしている。

 2000年6月27日、韓国・ソウルの『ハンギョレ新聞』本社が2000人を超える迷彩服姿のデモ隊に包囲された。社屋に侵入したデモ隊の一部は暴徒化し、同社幹部らを監禁、暴行を加え、オフィスや地下駐車場の車を破壊した。デモ隊は「大韓民国枯葉剤後遺症戦友会」のメンバー、つまり退役ベトナム参戦軍人である。

 発端は、同社発行の週刊誌『ハンギョレ21』(1999年5月6日号)に掲載されたベトナムにおける韓国軍の民間人虐殺特集だった。「通信員」として記事を書いたのは、当時、ベトナム留学中だった大学院生の具スジョン氏。ベトナム当局から虐殺の資料を入手し、徹底した現地取材と生存者へのインタビューを重ね、韓国軍による無差別殺戮の実態を白日の下に晒したのである。記事は、ベトナム中部のビンディン省の村々で起きた凄惨な虐殺事件を生々しく伝えている。

〈1966年1月23日から2月26日までの1か月間、猛虎部隊3個小隊、2個保安大隊、3個民間自衛隊によってこの地域だけで計1200人の住民が虐殺され、その中には1人残らず皆殺しにされた家族が8世帯もあった。(中略)生存者の証言を元に韓国軍の民間人虐殺方式を整理してみると、いくつかの共通したパターンが見られた。

●子供たちの頭や首を切り落とし、手足を切断して火に投げ込む
●住民をトンネルに追い詰め毒ガスで窒息死させる
●女性たちを次々に強姦したあと殺害
●妊婦の腹から胎児が飛び出すまで軍靴で踏みつける〉。


 韓国史のタブーに踏み込んだこの特集を皮切りに、同誌は韓国軍の戦争犯罪を糾弾する「ベトナムキャンペーン」を継続的に展開。冒頭の事件はそれに猛反発する退役軍人の凶行だった。

 しかし、ベトナム戦を経験した退役軍人の中には当時の非人道的行為を悔いる者もいた。元韓国海兵隊員の金栄萬氏は、『戦争の記憶 記憶の戦争─韓国人のベトナム戦争』(金賢娥著・三元社刊)でこう証言している。

「越南に到着して、私が聞いた話は、『強姦をしたら必ず殺せ、殺さなかったら面倒が起きる、子供もベトコンだからみな殺さねばならない』といったものでした」

 韓国は1964年から73年まで延べ32万人を南ベトナムに派兵。ダナンに海兵隊第2旅団(青龍部隊)、クイニョンに首都ソウル防衛師団(猛虎部隊)、ニンホアに第9師団(白馬部隊)が駐屯した。白馬部隊の連隊長には後に大統領となった全斗煥、猛虎部隊の大隊長には盧泰愚が就いていた。

 前出・具氏の調査によると、韓国軍によるベトナム民間人の虐殺被害者は少なくとも9000人以上と見られている。村人65人が犠牲になったビンディン省・タイビン村では、韓国兵士に輪姦された女性が焼き殺される惨たらしい事件も起きている。そうした史実は国際的には知られているが、韓国の教科書にはもちろん載っていない。

 かわりに日本の軍隊が、慰安婦として若い朝鮮人女性を無理矢理連れ去ったという証拠のない話が大々的に書かれている。

 韓国兵によるレイプなどでベトナム女性との間に生まれた子供はライダイハンと呼ばれた。ベトナム語で「ライ」は混血、「ダイハン(大韓)」は韓国を意味する蔑称だ。韓国『釜山日報』によると、現在、ベトナムにいるライダイハンは最大3万人と推計される(諸説あり、数千人とする指摘もある)。

 その多くは戦争終結後、ベトナムに流入した韓国人ビジネスマンと現地女性の間に生まれた子供と言われているが、韓国兵のレイプにより生まれたライダイハンが少なからずいるのは事実だ。レイプされた被害者数はその何百倍、何千倍にも及ぶ可能性がある。

 今年8月、韓国国防部の報道官は、米・ニュースサイト「グローバル・ポスト」の取材に「韓国軍が組織的に民間人を虐殺することは不可能。わが軍隊は厳しい規律と命令系統の下で任務を遂行しており、ベトナム人女性の性的搾取もまったくない」と答えたが、それを証明する調査も史料も示さなかった。ここでも日本に対する態度と自国のやり方に大きな乖離がある。

※SAPIO2013年12月号


この手の記事は、日本政府の意思表示の現れなのだろうか?

ここのところ、こういう記事を目にするようになったな。
南鮮政府や南鮮大統領があまりにも、硬直化しすぎているしな。

『 歴史を見つめよ 』と声高々に奇声を発しているから忘れたい事実も掘り返される様になるんだ。
ここのところ、制限なし、手打ちなしでやっているからな。
もし、竹島の件もそうだが、歴史的事実を突き詰めれば、南鮮の探られたくない歴史的事実も掘り返されることになりかねない。
自重することも大事だと思うけどなぁw

まあ、奴らには無理かw
この手の話がメディアに乗ってしまえば、拡散確実。
ネットを見ていない人達も雑誌を見れば、それに興味を持つようになる。

調べれば、出てくる真実を前に、南鮮の立場は今後も悪くなるばかりだろうなw
先週の木曜(11/7)のこと・・・

今まで乗っていたミニバンで、イノシシを跳ね飛ばした・・・

左前方5m先からの飛び出し・・・(80km/hくらいで跳ね飛ばした)


おかげで、$Da snoring of the pug-イノシシ衝突の衝撃バンパー落ちるわ、ボンネット凹むわで

総計16万の修理費用が発生すると(TT

で、この車、会社名義なので社長と相談し新車を購入することに決定(TT

(その他に、何時止まっても可笑しくない発電機の交換費用8万もプラスされていたし、燃費の悪化もあった。)

色々と思い出の詰まった(11年目20万キロ超え、8月に車検を通したばかりの)車だったけど手放すことに(T^T


購入場所は本社のある東京で。

(社長曰く、

『 東京の営業マンが猪を遣わしたんだ・・・恨むなら営業マンを恨もう 』

だとwww)

同じ会社の在庫処分品で安いのがあるから、それに決定。

パールホワイトは、好みの色じゃないけど仕方なく・・・

そんな色要らんから、その色の分だけ装備がいいのが良かった・・・と思うわ(TT

最低限の装備と電動ネオコンつけて契約した。

先週末はイノシシ衝突から忙しかったよ・・・




「慰安婦妄言が出ないよう全国民に教育を」国連、日本に警告
中央日報日本語版 5月23日(木)9時27分配信

国連が日本に対して「全国民レベルで慰安婦問題の教育をするように」との勧告に乗り出した。

国連の経済・社会・文化的権利委員会(CESCR・社会権規約委員会)は21日、ホームページに掲載した公式見解を通じて「日本は(日本国内の)ヘイトスピーチ(Hate speech、特定人種・性・宗教などに対する憎悪表現)と元従軍慰安婦の女性らに汚名を着せるような行為を防ぐために、国民に従軍慰安婦の強制連行問題を教育することを願う」と明らかにした。

CESCRは、国連の人権保障条約である『経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約(社会権規約)』締結国を対象に定期的に見解を発表している。CESCRの見解は法的拘束力はないが、締結国政府はこれを誠実に受け入れる義務がある。今回の見解は、先月末に日本政府と市民団体の意見を聴取した後に整理した。CESCRは「日本は従軍慰安婦問題に対処し、被害者女性の経済・社会・文化的な権利を保障するためにあらゆる手段を取るように」と付け加えた。

今回の審査は、日本の嫌韓派のロックバンドが3.1独立運動記念日を翌日に控えた2月28日、従軍慰安婦出身の女性を売春婦だとののしる歌詞の歌を入れたCDと歌詞の翻訳文を元慰安婦の女性らが住む京畿道広州(キョンギド・クァンジュ)の“ナムヌの家”に郵送した事件がきっかけになった。日本維新の会の橋下徹共同代表の慰安婦関連妄言が出てくる前のことだった。

朝日新聞は22日「日本政治家の発言を直接批判したものではないが、従軍慰安婦について日本社会で理解が深まっていない点を憂慮した言及とみられる」として「『殺せ』などのような極めて差別的な表現行為が放置されている日本の現実に対して今後も厳しい批判が続くようだ」と指摘した。

菅義偉官房長官はこの日の記者会見で「(日本政府の)立場を説明して、私たちがこの問題にどのように対応しているのか理解を得られるように努力していく」と話した。

最終更新:5月23日(木)9時27分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130523-00000003-cnippou-kr


国連が内政に干渉するんじゃねぇ。
本当のことを教えない教育など『 教育 』じゃねぇ。
慰安婦は捏造。
朝鮮半島は当時、日本国で同じ敗戦国。
朝鮮人は日本人の名を使い、各地で戦争犯罪を欲しいままにやってきた。
戦争と買春はつきものだ。
もし否定するなら、数多ある戦争映画での表現も否定しろ。
もう、特亜の戯言に付き合わされるのはまっぴらだ。

つい先日、韓国人が『 日本人を殺したりない、もっと殺させろ 』と包丁振り回しながら逮捕されたよな。
韓国人は日本人なら見境なくレイプし、殺し、盗んでも『 愛国無罪 』だ。
こんな奴らと仲良く何かできないし、するつもりもない。
在日特亜は日本から出て行け。
お前らの様な反日国籍の連中に食わす日本の税金など払う気はない。

本当の歴史を教えない国家は発展などしない。
日本を衰退させたいと世界が考えているなら、日本は反発したほうがいい。
日本は国益のために、自分を売るようなことはするな!!
私の精神的落ち度です

私は飼い主失格です

なので、もう、二度と犬を飼うことはないでしょう

私の最愛の家族は紋之介だけでした

家族として、接してあげられなかった、私には動物を飼う資格はありません。

昨年の二月五日に、紋之介が他界してから心の片隅には何時も紋之介がいました。

いないときはありません。

じろうが私のもとへ来た時も、何時もいました。

じろうを最後まで見とることも覚悟はしていましたが、あくまでも家族としてではありませんでした。

愛情がなかったといえば嘘になりますが、紋之介ほど愛情があったかといえば・・・

どうだったのでしょう?


一緒に寝起きし、仕事場へ連れて行き、作業中に足元で寛いでいたじろう

邪魔な存在だとは思っていませんでしたよ。

静岡へ出張の時も一緒に出かけましたし、どこへ行くにも一緒に行きました。

私と離れたがりませんでしたから。


しかし、私は先日、じろうにたいして一線を踏み外してしまいました。

弱者に対して、滅多に表さない捨てたはずの顔が現れてしまいました。

ツイッターでつぶやいたことは私の悲鳴だったのかもしれません。

じろうと私を助けてくださった、ふがレスの方たちには感謝しています。

私は人として、まっとうに生きるべきではないのかもしれません。

相方の愛犬にもアイ場が注げないと思います。

私の飼い主としての人生は紋之介で終わっています。


何時だったか、手を挙げてしまったときもそうですが、今回ほど痛めつけてはいませんでした

信用してもらえないかもしれませんがねw

今回は際限なく、自衛隊にいたとき前後見境なく後輩を警棒でぶちのめしていた時と同じ状態でした。

あの時は手加減はしていませんでしたから、もっとひどかったですがね

手加減していようが、いまいが、結果は同じ。

じろうは私といては、幸せになれないと実感しました。


何度も、ふがレスさんに相談しようと思っていました。

何度も何度も・・・でも、負けるわけにはいかない・・・

と、相談をすることをやめていました。

私の精神は不安定です。

不安定な人間は、絶対、動物を飼っちゃいけません。

それどころか、幸せになっちゃいけないんです。

人並に幸せになること自体、間違った発想です。

一人になった方が世間にとっていいのでしょう


正直仕事も手につかなく・・・食事する元気もなく・・・

生きる気力もない

そんな私だから、じろうも離れていったのでしょう

離れて正解です

彼女は必死になって、連れ戻そうとしていますが・・・

私にはもう、どうやって動物と接していけばいいかわかりません。

動物を家族として見ることができないです。


もうどうでもいいや・・・・
彼女を迎えることができる

引越しは徐々にやるとして、複雑な彼女の周囲をどうにかすること


私の両親も彼女を受け入れてくれた

彼女の父親も私を受け入れてくれた


順調だ

新しい生活が待っている(^^