1989年6月4日に、天安門事件というのがあったようだから、私が34歳の時だったと思う。



 国際語学学院という、大層な名前の日本語学校(当時、貨幣価値の差とかで、中国人就学生というのが



、いっぱい、、日本の日本語学校に、実質的にはアルバイトをしに来ていた。)で、



 1年程、働いていたことがあった。




 上司に当たる、事務局長という役職の、加とちゃんという人が、



 お兄さんが、東京で弁護士をやっているとか、自慢という程ではないが、そんなことを言っていたが、



 私に、中国人の書いた「内部」という本(文庫本)を読めと言って、貸して?くれた。



 人に本を読めと言われて、読む私ではないので、勿論、読まなかった。



 だから、何が書いてあったかも知らないが、どうせ汚職のことか何かだろう。



 返した覚えもないが、本棚にもないので、捨ててしまったんだろうか。





 これも昔、インサイダー取引というのが、流行ったというか、問題になったことがあった。



 内部者取引となっているが、



 私が書きたいのは、「インサ」とか、子供の頃いっていた、ドッジボールを使った、ボール遊びのことだ。



 今は、そんな言葉は、聞くことはないが、確かに、「インサ」と言っていた。



 きっと、インサイドから、来ているのだろう。



 「境界線の内側に落とす。」とか言う意味なんだろう。




 その「インサ」のひとつとして、



 「大中高小」(小中高大?)というのがあった。



 学歴のことだ。



 勝てば、昇進して行き、負ければ降格し、退場、交代だ。



 小学校の頃いつも、帰宅して一緒に遊んでいた、中村君(弟も)、それから、ひとつふたつ年下の、



 谷川君兄弟というのもいて、一緒によく遊んだが、



 その「インサ」も割とよくした。





 その中村君は、同級生の中村君は、私が幼稚園の時に、引っ越して来て、



 彼は、幼稚園には行かなかった。



 彼のお蔭で、私は、姉や兄と同じ小学校ではなく、彼と同じ、駄目な方の小学校に行くことになった。



 親に聞かれて、私が決めた。



 中学校は、お受験できるような環境では、とてもなかった。



 中高一貫ではないので、高校も中村君と同じ高校に行く羽目になってしまった。



 彼は、中学では、水泳部に入り、あまり運動は得意ではなかったように思ったが、



 私などより、ずっと泳げるようになった。当たり前か。



 彼は、私と変わらない、普通の大学に現役で入り、何故か、小学校の教師になった。



 谷川君の弟は知らないが、谷川君も、中村君の弟も、普通の大学に入った。





 スルッとKANSAI 3dayチケット、3日目として、



 明日、大津(滋賀県)の、逢坂の関というのに、行こうと思って、



 清少納言の歌を、調べていたら、


「 夜をこめて、 鳥の空音(そらね)は謀るとも、よに逢坂の関は許さじ。」


というのがあったんですが、



 歌の意味は、調べてもらうとして、



 どうも、{男女の関係}のことらしくて、



 相手の、藤原行成というのが、後で、


 「清少納言は、どんな男でも相手にしている女性だ。」というような歌を、歌っているそうです。



 性に対して、おおらかな時代だったんでしょうか。



 万葉の時代でもないですよね。



 よく知らなかったんですが、清少納言に対して、少し、失望しました。





 藤あや子の、ペンネームが、小野 彩(此の際)とか言うそうですが、



 私の文字どうりの初恋は、幼稚園の時で、



 教育実習で一緒になった、ある女性は、2才の時だ、とか言っていました。



 私は、幼稚園以前の記憶が、ほとんどありません。



 中村君が引っ越してきて、一緒に遊んでいたのを覚えている程度です。



 小学校の時は、クラスで一番可愛い女の子を、好きになっていました。



 初恋って、きっと、思春期に、大人になる時に、出会って、少し違った意味で、好きになる、



 上手く言えないですが、初めての女性なんでしょうね。




 「俺には、お前が最後の女。」とか言っているのは、



 毎回、そう思って、恋をしている。という意味なんでしょうか。



 男だったら、誰でも女性は好きですよ。




 初恋とかいう、特別の感情を、皆さん、やはり、お持ちなんでしょうか。




 私の実質的な、初恋は、13才の時でした。




 隣りのクラスの女の子でした。