小学校の時は、走るのは、(徒競走?)学年で2番目だった。



 母が亡くなるまでは、運動会などでは、格好良く?走っていた。



 そんなこと、言い訳にはならないが、その頃から、走れなくなってしまった。



 それでも、剣道をするんだというようなことを言ったりしていたが、公立の中学校へ行き、



 迷わず、陸上部に入った。



 運動が出来る人は、陸上部(短距離)に入るものだと、信じて疑わなかった。



 陸上部の顧問は、陸上は基本で、潰しが効くんだとか言っていたが、陸上部から他の部に転向して、成功する人も多いようだ。



 法学部に少し似ているかも知れない。



 あまり迷わなかった。ジェネラリストとか言うようだ。



 陸上部の練習は、厳しかった。



 一番厳しいとは、入部した時に聞いていた。




 中学校1年生のときは、身長が、155㎝だった。



 小学校の時は、148㎝じゃなかったかな。



 3年生と1年生では、大人と子供ほど違っていたりする。




 1年生の時は、練習は休まなかった。



 他にも色々あったが、練習は休まなかった。




 3年生に、3000mで全国3位になった先輩がいたが、



 短距離では、会田先輩というのが、一人、11秒台をだして、目立っていた。



 陸上部は、実力主義で、あまり先輩後輩の上下関係はなかった。



 いい記録を出している人は、やはり、それなりの練習をして、素質も持っている。




 会田先輩というのは、身長が高くて、クールな感じで、よくあるような、短距離型というのか、筋肉質ではなかった。



 それ程、高いところを、目指していたわけではなかったかも知れない。



 今でも、時々、道で会うが、何か申し訳ないような気がする。



 2年生は、人数も少なく、成績も芳しくなかったので、3年生が印象に残っている。



 3年生になっても、残っている人は、成績の良い人でもある。




 1年生の時は、まだ子供で、勉強も何もせず、練習に耐えていたが、楽しかったし、充実していたと思う。



 今でも、よく思い出すし、彼女と重なったりもする。



 本来は、勉強よりも、運動の方が好きだったように思う。遊びかな。




 私のクラブ活動(運動部!)歴は、中学校2年生の後半までで、3年生になってからは、練習には行かなくなった。



 

 高校では、迷わず帰宅部に入った。



 会田先輩も、同じ高校だったが、挨拶することもなかった。




 全く花開くことのなかった、私の運動歴だが、中学校の時に走りこんだ足腰は、まだ、秘かに生きている。




 極稀に、運動も勉強もよく出来る人がいる。



 進学や就職に有利だとか、身長を伸ばすためだとか、女の子に近付くためだとか、そんなのではなく、純粋に、運動(やっぱり、私には、短距離、いいとこ、中距離位までしか、思い付かないが。)に、打ち込んでみたかったという思いはある。




 漫才師の、森脇健児は、陸上部だったそうで、桃山学院ですが、しなやかな体をしていると思いませんか。