私の母は、一人っ子だったので、父は養子に来た。
子供の頃、恋愛か見合いかなんて聞くと、どちらでもない、間だというようなことを言っていた。
祖父母は、自分たちが育てるから産め、と言ったそうで、3番目の末っ子になる私は生まれてきた。
その祖父も、子供の頃に、養子にもらわれたそうだ。
その祖父母は、私が、2歳と3歳の時に、相次いで亡くなった。
その一人っ子の母も、11歳の時に亡くなった。
大学の教養の時に、一般演習という授業があった。
教授に、いい名前だねと言われたのだが、私はよく聞こえなかったので、何度も聞き返したら、聞こえないのならもういい、と言われた。
人は、中々言ってくれないもので、言ってくれたのは、その教授だけだったと思う。
昔、山田 太郎という歌手がいたが、「新聞少年」という歌を歌っていた。
五月 みどり が、義理のお母さんになって、話題になったが、今でも、新聞配達をしている人を見ると、つい、口遊んでしまう。
平 凡太郎 とか、東京 ぼん太 とかいう役者もいた。
因みに、私の兄は、一平 という。
今更乍ら、父は兄を可愛がっていた。
母は、朝子 といった。
ありそうで、あまりない名前だ。
名を惜しむかな、男の子ゆえ。

