いじめが問題になっているが、もう昔の話にはなるが、

私は、色々あって?希望していた進路とは、ちょっと違った結果になって、ナマケモノのような生活を送っていた。


 

 子供の頃からの、母親のいないための不安とか、父親のだらしない!女性関係だとか、それを言い訳にしてはいけないのだろうが、そういったことで、はっきり言えば、親の力が弱かったというのか、精神的に、少し傷ついていた。

 結果、兵庫方式とかいう、内申書による高校入試で、次の高校に回されてしまった。

それは未だに納得が行かず、未だに夢に見る。


 大学には、19で入学し、24で卒業した。

 そのうち、自宅通学だったため、学費と食事が出て、小遣いは出なくなり、後はすべて、短期のアルバイトを繰り返し(家庭教師もしたが、ヤクザな仕事だと思う。)、食いつないでいた。

 みじめだった。家を出て自活することもできなかった。


 いつまでも、ボロい靴を履いていると言って、継母が笑っていると、姉が言う。

 姉の所に行けば、私の所にお金をせびりに来るんだろうとか、鯖の腐ったような目だとか、関大ぐらいだったら私でも入ってるわとか、初恋の女性のことを釣り合うわけがないとか、ひどいことをさんざん言われた。


 やっぱり、高卒は駄目かと思う。姉は高卒、継母は中卒だった。


 虐待は、被害者本人が気が付いていないことが多いというが、完全な経済的虐待、精神的虐待である。


 兄弟(姉弟)なんだと思っていたが、結局、縁は切った。

 兄にも、結婚式の時に、貸衣装の略礼服を渡されたときは、背筋に冷たいものを感じた。兄とも、もう、付き合いはない。


 兄弟なんて他人の始まり、兄弟なんて、そんなものだと思うようになった。


 25の時に、失恋がきっかけで、同意入院ということだが、1年間入院させられた。


 それでも、いまは年金をいただき、気ままな一人暮らしをしている。


 これでも、今は結構、仕合わせだと思っている。


 31のとき、親父が肺がんで亡くなり、継母は追い出した。(出て行った)


 ボロい家だが、子供の時に死んだ母親の家を、せめて守りたかった。


 私は、学校でいじめを受けるほど、弱くはなかったようだ。