1億総クレーマー化する日本
子供を起こしに来い、と先生に言う親
何でもかんでも市役所にやらせる市民
政治家のちょっとした発言や挙動にイチイチ文句をつける有権者
気に入らない報道があると「売国」「情報操作」などと安易なレッテルを貼る視聴者
電車が数分遅れただけで駅員に怒鳴る乗客
こんにゃくゼリーで子供が窒息すると、メーカーに責任転嫁する消費者
そしてそれらクレーマーに萎縮してしまう社会。
クレームをつける根底には「ミスを許さない」というミクロの視点しかなく、
「そのサービスが全体としてどうあるべきか」というマクロの視点が欠けている。
それはビジョンとか理念とか呼ばれるもの。
日本人にはそのビジョンや理念が無くなってしまった。
長期的に今後どのような国にするのか、抽象的でなく具体的なイメージ。
単純に今から攻めるのか守るのか、中期的な視点すら無い。
結論を言えば、攻める以外に道は無いはず。
つまり守る時期かもという迷いや弱気が、今の混乱を生んでいる。
成功体験が乏しいこともある。
日本人は多数決でなく、全会一致の文化であると田中角栄が言ったらしい。
少数派の意見が切れない民族だと。
全く同意する。
後期高齢者医療制度などはその典型例だと思う。
ここから抜け出すのか、それともこれを日本人らしさと受け入れて考えるのか。
何でもかんでも市役所にやらせる市民
政治家のちょっとした発言や挙動にイチイチ文句をつける有権者
気に入らない報道があると「売国」「情報操作」などと安易なレッテルを貼る視聴者
電車が数分遅れただけで駅員に怒鳴る乗客
こんにゃくゼリーで子供が窒息すると、メーカーに責任転嫁する消費者
そしてそれらクレーマーに萎縮してしまう社会。
クレームをつける根底には「ミスを許さない」というミクロの視点しかなく、
「そのサービスが全体としてどうあるべきか」というマクロの視点が欠けている。
それはビジョンとか理念とか呼ばれるもの。
日本人にはそのビジョンや理念が無くなってしまった。
長期的に今後どのような国にするのか、抽象的でなく具体的なイメージ。
単純に今から攻めるのか守るのか、中期的な視点すら無い。
結論を言えば、攻める以外に道は無いはず。
つまり守る時期かもという迷いや弱気が、今の混乱を生んでいる。
成功体験が乏しいこともある。
日本人は多数決でなく、全会一致の文化であると田中角栄が言ったらしい。
少数派の意見が切れない民族だと。
全く同意する。
後期高齢者医療制度などはその典型例だと思う。
ここから抜け出すのか、それともこれを日本人らしさと受け入れて考えるのか。
魔法使いの弟子 ★★
○ニコラスケイジがはげてない。
○オープニングに悪い魔法使いがマトリョーシカみたいなやつに
閉じ込められるってくだりがあるんだと思うが、
ほとんど頭に入らず。話の途中からおっかけで理解していった。
○子供時代の話やメモに告白文を書いて渡す辺りは軽やかなのだが、
大人になって特にテスラコイルなんかが出てくるともっさり感が出る。
○中華街のドラゴンの描写は自然で、ハラハラする感じがあった。
○結局、可もなく不可もない感じ(まぁ~ディズニーですからね)
○オープニングに悪い魔法使いがマトリョーシカみたいなやつに
閉じ込められるってくだりがあるんだと思うが、
ほとんど頭に入らず。話の途中からおっかけで理解していった。
○子供時代の話やメモに告白文を書いて渡す辺りは軽やかなのだが、
大人になって特にテスラコイルなんかが出てくるともっさり感が出る。
○中華街のドラゴンの描写は自然で、ハラハラする感じがあった。
○結局、可もなく不可もない感じ(まぁ~ディズニーですからね)
インセプション ★★★
○渡辺謙とディカプリオの存在感が素晴らしい。
○クリストファーノーランの脚本・設定は理解できるかできないかギリギリの線をいく
綱渡り的な理解度で、ギリギリ落ちずに渡りきれる絶妙なもの(というか観客が必死についていってる。
けどそれぐらいしようという気になれる興味深いもの)。
○最後のトーテムが倒れるかどうかが気になるところだが、
ディカプリオはそれが倒れるかどうかに
もはや興味が無くなった(つまり今いる世界で生きていく覚悟を決めた)という表現。
○パラドックスの階段やパリの街が2つに折れてしまうところなど、
映像表現でも見るべきところが多かった。
ホテルの廊下の無重力でのバトルなど、撮影方法が気になる。
○渡辺謙は企業の経営者なのであれば、
もう少しそういうオフィスの中にいた方がいいのでは。
浮世離れした和風のセットは芸術的だったが、そういう意味では逆効果だった。
○最初のディカプリオが打ち上げられているところから
年老いた渡辺謙がいるところまでがエンディングで繰り返しになるが、
どういう意図があったのか。
その後の若い渡辺謙との会食のシーンに直結するため、
カリートの道のようなネタばらし的な効果とも思えず。
○クリストファーノーランの脚本・設定は理解できるかできないかギリギリの線をいく
綱渡り的な理解度で、ギリギリ落ちずに渡りきれる絶妙なもの(というか観客が必死についていってる。
けどそれぐらいしようという気になれる興味深いもの)。
○最後のトーテムが倒れるかどうかが気になるところだが、
ディカプリオはそれが倒れるかどうかに
もはや興味が無くなった(つまり今いる世界で生きていく覚悟を決めた)という表現。
○パラドックスの階段やパリの街が2つに折れてしまうところなど、
映像表現でも見るべきところが多かった。
ホテルの廊下の無重力でのバトルなど、撮影方法が気になる。
○渡辺謙は企業の経営者なのであれば、
もう少しそういうオフィスの中にいた方がいいのでは。
浮世離れした和風のセットは芸術的だったが、そういう意味では逆効果だった。
○最初のディカプリオが打ち上げられているところから
年老いた渡辺謙がいるところまでがエンディングで繰り返しになるが、
どういう意図があったのか。
その後の若い渡辺謙との会食のシーンに直結するため、
カリートの道のようなネタばらし的な効果とも思えず。
