2010年の10月以来、ほぼ3年ぶりともなる日本帰国。暴力的兄の言動や行動によって私たち家族4人は非常に不愉快な気持ちで日本を後にした。ダディはいい年をして何と気が小さい男だと毎日のように罵って、とうとう一言も謝ることがなかった兄に対し情けない男だと言って2度と話したくないと怒りモードだった。皿を投げ、団子のソースが子供たちの洗濯物に染みついて、ほぼ乾きそうな具合だったのに再度洗濯し直し。ダディは子供の服を汚しておきながら、新品を買って来て詫びるくらいの気概はないものかとあきれ顔。百万以上もの金が一気に吹っ飛び家計がひっくり返るだけの出費をしてまで日本の家族に会いに遥々アメリカから来たというのに、これではダディがもう2度と大金をはたいてまで日本帰国はしたくはないと言うのは当然のことだし、非常に申し訳ない気持ちになった。
それでも私はまだ見ぬ孫娘に会える日を首を長くして待つ母に、ようやく会うことができたので何はともあれ、けじめをつけることができたというか、ほんの少し親孝行ができたような気がした。昼夜逆転生活から戻り、激しい時差ボケで頭がクラクラ、それに加え、何だか喪失感のような、孤独感のような、何とも言えない遣る瀬無さがつのって、時間があろうがなかろうがブログを書く気にもなれなかった。慌ただしい日々であっても、家族に近況を伝えようというモチベーションが少しでも残っていれば頑張れるのかもしれないけど、何だか物凄く途方に暮れてしまう日々。とにかく母が心配でならないのだけれど、近くにいて助けてあげられない自分がもどかしくて辛くなる。できることなら、母だけ引っさらって一緒に住むことができたらどんなに良いだろうと思うのだけれど、そんな訳にもいかない。。。でも、近い将来日本で住むことが出来るようになるかも知れないし、今は遠く離れた異国にいても、日々母上のことは想っています。今日も、ダディがカリフォルニアにいた頃の上司からワールドワイドな仕事のオファーの連絡が来たらしいから、その会社の日本支社で務められる可能性もある。妻や子供が日本のパスポートを持っていれば、その会社としてもビザ手配にお金を掛けずに済むので優先的に採用してくれる可能性もなどと聞くと何だかあり得る話だというような気がしてきて嬉しくなる。
さて、土曜の夕方、夕飯準備をせねばならないのでここらで。いつまた更新できるかは分からない。モチベーションが残っていれば近いうち。
久々の日本帰国で、いとこや伯母に会えたのは嬉しかった。また来年も帰れるかな。。。
更に追い討ちをかけるかのように水分を排出しようとする繰り返し。