It's kinda funny how life can change...
人生とは不思議なものです。今現在の自分を築いているバックグラウンド、分かってるようでその分かってる部分は自分の意識に濃く残っているだけで、ひょっとしたら忘れている部分がどっさりあるのかもしれない。
わたしだって別に昔から海外に住みたかったわけじゃない。ただ、どの岐路に立っても人と違う自分だけの選択をし続けたかっただけ。
でも先日ふわっと記憶の片隅にあった重大なこと思い出した。
わたしが小学校の頃、仲がよかったゆりちゃんという子がいた。仲良くなった後だか前だか分からないけどわたし達は市の選抜留学生みたいなのに選ばれて、10万円くらい払うだけでニュージーランドに2週間ホームステイできた。うちの母がミーハーだったから応募したのかもしれない、ともかく希望した覚えはない。
ニュージーランドでの思い出は散々なものだった。多分もともとは根暗なんでしょうねわたくし。全く楽しい思い出のないまま2週間がおわり、その経験がわたしを“ひとり鎖国”に導いてかれこれ鎖国は大学4回生まで続いた。数えるになんと10年。
海外旅行は母が好きで頻繁に行っていたのですが、留学したいとか、英語が話したいとかは1ミリもなかった。どちらかというと欧米文化を毛嫌いしていた。
その後、ゆりちゃんはお父さんの転勤で小6でマレーシアに引っ越した。わたしも何度かマレーシアに手紙を送った気がする。
結局ゆりちゃんは中二くらいで帰国して、公立だったので同じ中学に戻ってきたものの、やはり思春期の3年は長くて私たちは昔ほど仲良くならなかった。
でも不思議な巡り合わせで、ゆりちゃんとわたしだけ、地元から少し離れた遠くの高校に入学した。
高校に入るとたまたま隣の席だったよりちゃんという子と仲良くなった。彼女は洋楽好きでいろんなロックバンドをUK、US問わず教えてくれた。なので高校時代は結構洋楽を聴いていたし、ティーンエイジャーあるあるで歌詞を翻訳してノートに貼ってみたりいろいろした。ゆりちゃんとはまた、たまたま同じ部活に入っていた。
大学に入ると、洋楽好き、とかのレベルでなく留学したい、という現実でアクションを起こそうとする子がチラホラいた。もちろんゆりちゃんは同じ大学に、、、は入学しなかったよ笑
かなり遅れをとって鎖国を解いたわたしは23で英語の勉強をちらほらし始め、4年後現在アメリカ人の夫と一緒に暮らしている。
ゆりちゃんは今何をしているのでしょう、、わたしの10代の大事な時期を共に過ごしてくれた人。
そんなことを、ある曲をたまたま聞いて思い出したんです。そう、Blueのone loveです。この記事の出だしで気づいた人がいたとしたら素晴らしい。昔、ゆりちゃんが好きだと言って長らく聞いていた曲です。
興味があったらぜひ。英語の勉強にはちょうどいい早さと語彙です。
今も鮮明に思い出せるくらいの濃い思い出をすっかりうっかり記憶から忘却していたわたしです。覚えているところにフォーカスしちゃう、人間の脳って怖いね。
そんなほろ苦い思い出に浸りたくなっちゃう、気づけば秋です