S.N.C.不動産コンサルティング株式会社の長野です。
本日は思ったことを書きたいと思いますので、ご批判はご勘弁ください。
最近、よく若いからとか経験が不足しているからとの理由で出来ないのではないかとか不可能ではないかとの「常識」というものが幅を利かせているように感じます。
「常識」って何なんでしょうか?
過去の経験や周りの慣習に沿うことが「常識」なのでしょうか?
「常識」の中身を見てみると、その判断基準はその人の主観が入っていることが多い気がします。
過去に前例がない、見たことがない、やったことがない…。
イコール「非常識」になってしまうのでしょうか?
物事をある一側面からみればそうなのかもしれません。
しかし、見方や見る人が変われば、「非常識」も「常識」になってしまうほどの、曖昧なものなのではないかと思っています。
保守的な考え方の人に「常識」を重視しすぎる感じはします。
たしかに社会の慣習に従っていくのは重要なのですが、従いすぎると考えが固執し、柔軟な創造性が失われるような気がします。
アメリカやヨーロッパではサービスに対して、感謝の意味を込めてチップを渡します。
この「常識」も日本ではチップの歴史自体がなく、サービスは無料で受けれるものとの「常識」が定着しています。
そのサービスを無料で受けることが「常識」だと思っている人にとってみれば、アメリカなどのチップの制度は「非常識」、その人のスタンダードではないという意味しかなさないと思います。
何事もある一側面からの見方による「常識」を作るのではなく、より事実に近い情報を集めて「常識」をより確かなものに近付けていく必要があるのかもしれません。
柔軟な発想と創造性を磨けるように努力していきたいと思います。