東北旅2 | 海吉の明日こそ大漁

海吉の明日こそ大漁

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そんな海吉の日常

いつか伝わりますように

震災について思うことがあります。
あくまで個人的な考えです






















































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震災後
あくまで個人的ななんそうなんだけど…
2年ぶりに訪れた三陸。
前回は大学の仲間と。
去年は仕事がらみで石巻。
仙台を始め復興しているようにも見えるのだけど、
湾岸線を北上していくと2年前と変わらない風景。
陸前高田は巨大なパイプ網。
初めてみるとなんだか判らないだろう。
山から土を運び嵩上げをしている。
トラックで運ぶより早くて費用が安く済むそうだ。
今回も前回と同じ気仙沼の市間前の旅館に泊まる。
市場周辺も嵩上げをしていた。
陸前高田は3~5m、気仙沼で1.5くらいらしい。
部屋から見る風景は2年前とかわらない。
建物はない。
そして所々に残る津波に被害にあった建物。
3階の窓までなくなった小学校。
4階まで窓の割れたマンション。
まだあれから何年経っても取り壊せれちない。
そして我が三陸町。
三陸の浦浜に地域にある大津波資料館。
2年前に比べて中も改造?してあり、
子供が遊べるようになっていたけど、
中には津波が襲ってくる瞬間や、波に飲み込まれている、その後…などの写真が展示してある。
港周辺も巨大な防波堤?を工事している。

青春を過ごした三陸の母校は解体をされ空き地になっていた。
住んでいたアパートの上の小学校には変わらず仮設住宅。
震災から何年経っているんだろう…
高田の嵩上げや防波堤工事。
幾らの予算がかかっているんだろう
某競技場に2500億。
「サッと出せない国は…」と言っていた人は
ここの人達の前でも同じように言えるのだろうか?
もちろん工事も必要だと思うけど、
果たしてそこの土地に戻ってまた以前のように住むんだろうか。
俺は地元民ではないのでそれぞれの考えがあるだろうから…
マスコミも全く取り上げない。
でも風化してはいけないし、
ゆっくりと復興はして進んでいる。
バイパスも出来て海沿いを通らずトンネルなどで近くになったとも思える。
そのおかげで見なくなった景色もある。
そしてそういう場所は復興は進んでいないのも事実。

気仙沼の仲間。
足元まで津波が来たそうだ。
目の前で繰り広げられた景色。
家族が彼の死を覚悟したそうだ…
九死に一生を得た彼の話は重い。
毎回聞かせてもらう。
まずは遠いかも知れないけど足を運ぼう。
そして帰りは常磐道が仙台まで繋がった。
東北道があちこち渋滞していたので常磐道へ。
1車線だけど殆ど流入もなく快適に走れる。
ただ道路の横には放射能の測定版。
現実だ。
相馬辺りから車も減り、
双葉町周辺の高速からみた景色は
車も走っていなく、明かりもない。
住居も草だらけできっと人はいないんだろう。
たまに何故か窓が開いていたり、割られていたり…
こういう時に来る人もいるんだろう。
東京からわずか200kちょっとにそんな世界がある。
人が住めなくなってしまう現実。
福島の同業者の人と話すことがあった。
津波も大きな被害。
でも0からのスタート。
私たちはマイナスからのスタート。
まずは住むことすらままにならない。
他の土地に行ける人はいい。
でも行けない人もいる。
そして我々大人はあと20年30年生きればいいけど、
預っている子供達の人生60~70年、80年先はどうなんだろう…
重い言葉だ。
復興はまだまだ終わっていないし始まったばかり。
こんな自分に何ができるのだろう…
当時
金のあるやつは金を出せ
金のないやつは汗を出せ
なんて言葉が出ていたけど、
俺は何が出来るだろう…
まずは忘れないこと。
出来ることをひとつづつ。
秋にもタイミングがあったら東北に行きます。
たかが釣り人かも知れないけど
行けば何か出来ることもあるはず。
まずは現場に足を運ぼう。