転換 | 海吉の明日こそ大漁

海吉の明日こそ大漁

釣りして

娘と遊んで

食べて

飲んで

仕事して


そんな海吉の日常

いつか伝わりますように

書こうか悩んでいたんだけど、ここには書いたことがなかった気がしたんで記録として
多分すぐに公開制限しちゃいます(って誰もいないんだけど)


12/4同居していた祖母の命日。

十数年前の朝
いつも通りに朝起きて6時前には家を出る準備をしていた。
(今では信じられないくらい早起きで10年間片道1時間の通勤電車で通っていた)
そんなある日お袋の声で呼ばれて1階へ

いつもは朝起きてきているはずの祖母が起きてこない。
疲れているのだろうと寝かしておいた母。


そこには倒れている祖母。

急いで救急車を呼ぶ。

寒くなり始めた初冬の朝サイレンの音が遠くから聞こえる。

その間母はただただ手を握るだけ

救急車に乗り込み病院に…

俺は後から車で追う。


お袋は仕事があるとすぐに職場へ…


そしてすでに時は遅し…
ある意味周りに迷惑もかけずひっそりと旅立っていた。


お袋は仕事があるのでしばらく会社を休んで葬儀の手配や段取りを行う。


その間いろんなことを考えた




そして葬儀の日。

関東地方では12月初旬なのに何十年ぶりの大雪

電車もバスもほとんどの交通機関が麻痺する中
1000人以上の多くの参列者。
坊さんのお経も終わっても途切れない沢山の人。
タクシーもずっと斎場の往復。


その時ずっと仕事を続けていた母親の背中が小さく
また震えている後ろ姿を見て今の俺がある。



あの時何もできなかった自分。
何か出来ることがあるかもしれない…
そのあと救命救急の資格をとり
(昔スイミングのコーチ時代には取得していたけど)
数年前はこの命日の日が講習更新日だったりもした…



あれから13年。
今でも今の自分の道が正しいかと悩む事がある。


でもね…

多くの人に支えられ築いてきたものもある。

そしてそれを守っていく人もいて…

自分の立ち位置をよく考えこれからも生きていく。




がんばれるかなぁ…