乳がんの体験。発見のきっかけ。
住民健診
今、住民健診率は、30-40%位でしょうか。昔と変わらず、なぜ、受ける人が多くならないのでしょうか。早期発見のためといわれますが、健診の浸透が低いのはなぜでしょうか。国民医療費の削減といろいろ言われていますが、これで医療費の削減になっているのでしょうか。
住民健診をしてくれた医師から言われました。たまたま再度受診したとき、精密検査の結果の 「お返事は?」と聞かれました。
私は、「お返事って?返事の通知はありません」と答えました。このやり取りで、そうよ、住民健診の結果、「精密検査が必要」の通知を頂いていながら、受診した専門医療機関からの返事がないのはおかしいわ。どうなっているのか、私は、この問題を再度受診しなければわからなかったし、大事なやり取りを、私が、「返事の通知がなくて済みません」、または、口頭で「こういう結果でした」と説明して終わらせてもいいのか悩みました。それでは、依然変わらない住民健診ではないか。
住民健診機関と専門医療機関が縦割りになってないかと疑問をもちました。
精密検査の結果の通知を持って、専門医療機関を受診した場合は、住民健診をしてくれた医師に、なんらかの形で、返事を出すシステムがあれば受診側は良く見てもらえるという信頼と、医療機関側は慎重にという相互の気持ちでより受診者には、メリットがあるのではないでしょうか。そして、それでは困る人には、拒否ができると、そんな、システムがあればと、無駄な事を考えたりします。
医療機関どうし、横とのネットワークの中から、早期発見に結びつき、回復率も上がり、しいては国民医療費の削減に結び付くのではないかと思ったりもしました。
、また、毎年、毎年健診を受けていて異常なかったのに、見つかった時には手遅れだったということはないですか。去年は異常なかったのに今年はがんが進んで見つかったという話は良くあることだと言われました。
そういう事も、減るのではないかと思います。
住民健診機関と専門医療機関の横とのネットワークの中で、
充実した、魅力ある、信頼できる、早期発見に結び付く、受診者にメリットがある、住民健診にならないかと思いました。
住民健診を受けっぱなし,精密検査をやりっぱなしの曖昧の今のやり方では、医療費が嵩み無駄になっていないか生意気で申し訳ありませんが感じ、書かせて頂きました。
発見のきっかけ
40代のころ、私は倦怠感(ひどい疲れ)を感じるようになりました。何か、体の変調が始まりました。
駅の階段の上り下りが疲れる、おっくう、今までは感じたことがない体力の衰え。年のせいか、更年期か、ストレスか色々原因を考え始めました。運動不足かと思い、体を動かす努力をしました。。また栄養のバランスが悪いのかと思い気をつけるようにしました。でも食べると太るという状況で、改善はありませんでした。
医療を受けようと考え、病院を受診しました。疲れではどこに行っても異常なし。検査を受けても疲れに結び付く疾患はない。でも疲れは、どんどん重くなって行く。
なんの病気でもいい、見つかってほしい。病院めぐりもエスカレート、これと思う科を受診していました。ドクターショッピングとだれに言われようとかまわないと思うようになっていました。これは、納得したいという私の性格によるものです。
疲れの症状は落ち込みにまで達していました。自然に、死を受け入れるような気持も生まれていました。
抑うつ状態かもしてない。内科で見つかった病気とともに、治療を始めました。でも疲れはどんどん重くなっていく。薬を飲んで、休養して、夜早く寝ても回復しませんでした。
そんな時でも、気力はありました。仕事も5か所でやって、続けられていました。夜12時になることもありました。ストレスもありました。
そこで、住民健診を全部受けてみようと考えました。何かわかるかもしれない。この際、疲れているけれども頑張ってみようと自分を励まし、沢山の項目を受けました。全部かもしれない。
平成22年8月。そこで、乳がん検診で要精検になりました。お知らせという結果の通知をいただきました。
住民健診の要精検とはなにか?後で分かったことですが、カテゴリーという判断基準がある事がわかりました。
マンモグラフィ検査で撮影をしたフイルムをみて,腫瘍や石灰化、その他の異常をみるそうで、5段階の判定評価のうち、3以上が精密検査の対象になるそうです。
カテゴリー3とは、良性と思われるが、がんを否定できない段階だそうです。、
後で医師に聞いた事ですが、私の場合は、カテゴリー4か、「左乳房のUの部位に微細石灰化の疑い」と判定されているのがわかりました。
マンモグラフィ検査とか、Uとか、微細石灰化とは何か、追ってお伝えします。
そこで、10年以上も受けて来た病院を受診しました。平成22年9月のことでした。
主治医は代わっていました。診察の時、疲れの原因に結び付くことがわかるかもしれないと期待をしていました。乳房の今までの経過や症状をかなり訴えました。マンモグラフィ、エコー検査をうけました。
1か月後、結果を聞きに再度受診をしました。結果は「、異常なし」でした。「じゃー、右に乳腺種の手術もうけていることだから、経過観察にしましょう」と言われました。私が一生懸命、症状を訴えたから気持ちを受け入れてそうしてくれたのでしょうか、左胸のここに違和感があるのに、でも高度専門医療機関のいう事だから、そうかっと思いました。指示どうり受診をしました。2年が経過しました。
平成24年5月の事、予約の日が来たので受診をしました。主治医はまた代わっていました。
あまりに疲れの症状が強く辛い、けれど、受診して言い過ぎて診てもらえない失敗もたくさんあるし、前回は、訴えすぎたし、今度はどうしよう。受診の仕方を考えるようになりました。
今度は、まな板の鯉になろう。カルテもある事だから、私が言わなくてもカルテに書いてあることだから、医師に聞かれたことしか話さなくてもいいと思い診察を受けました。
まず、医師の触診を受けました。そこで左乳房のがんですとすぐに言われました。
簡単に告知をされ、やっぱり、そうだったのか。いや、そんなに簡単に告知してもいいのかな・・・・・・診察室のベッドの上で考えが交差しました。でも、これはただ事ではない。やっと頭の中が回転し、目が覚めたように次々に、質問をしました。そして、前の2年間は何だっのか疑問もとっさに浮かびました。
まず、しこりもないのに、どの部位が、どう違うのか聞きました。医師の言う通り自分で触れてみました。他の部位との弾力の違いが確かにありました。少し硬い皮膚の表面。医師は、それですといいました。
私は、よく乳房の模型でこれががんです。触ってみてくださいと衛生教育を受けたことを思い出しながら・・・、
がんはしこりで見つかると思い込んでいて、自己触診では、しこりが触れないか気にかけてやっていました。しこりが触れなければ大丈夫と安心したりしました。思いもよらなかった、しこりの触れないがんがある事を知りました。
なぜしこりとして触れなかったのか、経過を追う中でわかりました。
がんを探していたものの、いざその時になるとおちこみました。見つかって、ほっとするとともに、これががんというもの?今までのイメージとはあまりにも違っていました。ショックも大きかったが、それとともに、疲れはこのためだったかもしれないとも感じました。
検査をしましょうと医師から言われ、やっと、より詳しい検査である精密検査にたどりつきました。長ーーい道程でした。
精密検査
体調が悪いから、どんな辛い検査も受け入れられました。検査も痛く感じませんでした。
まず、マンモグラフィー検査から、
乳房X線装置。乳房を撮影台に載せ、圧迫板のプラスチックが乳房を押し圧迫し、撮影する。お餅を延ばすように薄くなる状態で撮影。少し痛いががまんはできる。乳房の中の組織の状態がわかる。
このフイルムを医師が見て判断する。微小石灰化があるといわれた。微小石灰化とは、それがどこにあるのか。
がん細胞の死んだ細胞が乳腺内に剥がれ落ちて白い微小な塊としてフイルムに写る。その近くの細胞には、がん細胞があるかもしれない。
その疑いは、Uの部位から始まった。がんとの長い旅の始まりとなりました。
2年後には、どこまで広がっていったか。
部位について(図)
エコー検査は乳房に探触子を当て、超音波が乳房の中を進んでいき,固いものに当たると反射。反射した超音波を受信し画像データしたもので、小さいがんそのものは写らないという。私は、低エコー域(しこり)でした。
マンモトーム検査というもの。
CT検査
つたないブログを読んで下さった方、有難うございます。
失礼なところは、お詫び申し上げます。
参考文献
(2)へ続きます。