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暮らしを整える / おかたづけのヒト

として

広島県福山市を中心に

セミナーや訪問サポート

の活動をしています♡

 

 

 



 

先日、久しぶりに晴れた日

友人との待ち合わせの場所へ向かう道中

太陽が反射して川面がキラキラと

輝いて見えました

 

久しぶりの晴れた朝、河川敷では

何人かのおじいちゃんたちがゲートボール中

 

ゆっくり歩いて、小走りする人もいて

その光景を見て、ふと思ったんです

 

「人生って、暇つぶしなんだなぁ」と

 

もちろん、仕事や家事、育児など

今は、やらなければならないコトが

山ほどある

 

でも、人生の大半は、

何かと何かのあいだにある

何でもない時間なのかもしれない

 

その時間を、誰と過ごすのか

何をして過ごすのか

どんな気持ちで過ごすのか

 

そう考えると、人生って、案外

「何をしたか」よりも

「どんな時間を過ごしたか」

なのかもしれない

 

そして、その何でもない時間が、

あとから振り返ったときに

「忘れられない思い出」になってたりする

 

あのとき、誰かと笑った

あの日、天気がよかった

何もすることがなくて、ただ一緒にいた

 

そんな時間が、

何十年後の、ワタシの中に残っている

 

人生の終盤まで

「今日は何をしようかな」

と楽しみでいられるワタシでいたい

 

健康なカラダがあって、ココロに余裕があって

誰かと笑えて、何でもない時間を楽しめる

 

そんなふうに過ごした時間が、

少しずつ「思い出」になっていく人生が

ワタシにはとても豊かに見えた

 

そして河川敷の顔も見えない

おじいちゃんたちの姿が祖父と重なった

 

ふと子どもの頃のことを思い出しました

 

母方の実家に帰ると、

祖父がワタシを膝の上に座らせてくれた

 

年に2度しか会わない祖父

すごーく田舎で

隣の家すら遠くて

お店も何もなくて

それでもおじいちゃんちに泊まって

蚊帳を張ってみんなで寝るのが楽しみだった

 

何を話したのかは覚えていない

どんな話をしていたのかも

もう思い出せない

 

でも、祖父の笑顔だけは

今でも脳裏に蘇ってきます

 

いつもニコニコしていて

ガハハと笑うヒトでした

 

ワタシが見ていない時間の祖父が

どんなヒトだったのかは知りません

 

いつもはどんな顔をしていたのか

どんなコトで悩んでいたのか

どんな人生を生きていたのか

 

子どものワタシには

そんなことは何もわかりません

 

ワタシが知っているのは

帰ってくると膝に乗せてくれたコト

そして、いつもガハハと笑っていたコト

ただ、それだけ

 

当時のワタシは、

それを特別なことだとは思っていませんでした

 

会えば膝に座る

祖父はいつも笑っている

それが、ワタシにとっては当たり前だったから

 

でも、40代半ばになった今、

その「当たり前」が

自分の中にずっと残っていたことに

気づきます

 

あの時間に何があったのか

ことばでは説明できない

 

ただ、膝の上にいた記憶

笑っている祖父とそのときの空気を

カラダが覚えているような気がするんです

 

「ここにいていい」

そんな安心感が、自分の中のどこかにある

 

それがどこから来たのかを考えると

あの頃の祖父の膝の上だったのかもしれない

 

祖父は、ワタシの人生を支えるナニカを

残そうとしていたわけではない

 

きっと、そんなことは考えてもいなかった

 

ただ、帰ってきた孫を膝に乗せて

ガハハと笑っていただけ

 

でも、自分に子供が生まれて

子育てに悩んだり

一生懸命になって

色々学んだ結果


ヒトから受け取るものって

案外そういう「何でもない」

シンプルなコトなのかもしれないと

感じます

 

そのときは何の意味も持たないような

何でもない時間

 

誰かの笑顔

そばにいていいという感覚

安心してカラダを預けられた時間

 

そういうものが、

何十年もかけて身体の中に残って

人生の土台になっていく

 

あの頃のワタシは

そんなモノがいつか自分を支えるなんて

もちろん知らなかった

 

ただ、祖父の膝の上にいただけ

それが、今のワタシの中に残っている

 

だからワタシは

子どもに何を教えるかだけではなく

何か大きなイベントを準備できなくても


「どんな暮らしの中で

どんな時間を一緒に過ごすのか」


ということを大切にしたいんです

 

一緒にご飯を食べる

くだらない話をする

疲れたら休む

悲しい時はそっと寄り添い

何でもない日に一緒に笑う

 

そんな日々のひとつひとつが

いつか子どもの「思い出」になる

 

そして、その思い出の中に残った感覚が

いつかその子を支えるかもしれない

 

だからこそ

暮らしをつくっている毎日の小さな選択を

大切にしたいと思います

 

何を買うのか

何を持つのか

何を手放すのか

何にお金を使うのか

何に時間を使うのか

 

おかたづけもその選択のひとつだと思って

子どもにおかたづけを教えてきました

 

おかたづけというと

「モノを減らして、家をきれいにすること」

と思われがちだけど

本当はその先を大切にしています

 

「ワタシは何が好きなのか?」


「ワタシはどんなヒトなのか?」


「ワタシは何を大切にして暮らしたいのか?」

 

考えるコト

考え尽くすコト


たくさん持っていることが豊かさなのか

 

それとも、必要なモノだけに囲まれて

好きな人と過ごす時間や

何もしない時間を持てるコトが豊かさなのか


その答えはそのヒトの中にしかない


モノが少なければ

それだけ片づけにかかる時間が減る

探しモノをする時間も減る

買い物の仕方も変わる

 

家の中に余白ができれば

ココロや時間にも少し余白が

生まれるかもしれない

 

その余白で、

子どもと話したり

誰かと笑ったり

ただぼんやり外を眺めたりする

 

そんな何でもない時間が

もしかしたら、

何十年後かの「忘れられない思い出」

になっているかもしれません

 

おかたづけは

モノを片付けることだけではなく


「自分がどんな時間を生きたいのかを選び直すコト」

 

そして、その暮らしを子どもは見ています

 

親が何を買うのか

何を大切にするのか

何に時間を使うのか

疲れたとき、どうするのか

何でもない日を、どう過ごすのか

 

それは、ことばで教えなくても、

子どもの中に長く残っていく

 

いつか子どもが大人になったとき

「あの頃、家でこんなふうに過ごしていたな」

と、ふと思い出すことがあるかもしれない

 

その思い出が、その子の人生のどこかで

そっと支えになってくれたら嬉しいと思う

 

人生は、全部を自分で選べるわけではない

生まれた時から決まっているコトもある

それでも、自分で選べるところから選んでいく

 

何を買うのか

何を手放すのか

誰と過ごすのか

何に時間を使うのか

そんなふうに暮らしていきたい

 

人生は、

もしかしたら暇つぶしなのかもしれない

 

だったら私は、その「暇」を

できるだけココロ豊かに過ごしたいと思う

 

そして、いつか振り返ったとき

「シアワセな時間を過ごしたな」

と思い出せる時間を

少しずつ積み重ねていきたい

 

久しぶりに晴れた朝

キラキラと輝く川面を見ながら

ゲートボールをしている

知らないおじいちゃんたちを見て

「ワタシも、あんなふうに年を重ねたいな」

と思った感覚を忘れない

 

そして、ふと思い出した

祖父の膝の上

 

あの頃は、ただ膝の上にいただけ

でも、その「ただ」が

40代半ばになった今のワタシを支える

土台のひとつになっていたと気付く

 

あなたにも、そんな記憶はありませんか

 

何気なくかけてもらったことば

一緒に食べたご飯

手をつないだ帰り道

 

何もせず、ただそばにいてくれた時間

 

あるいは、

「自分は、あんなふうにはなりたくない」

と思った

思い出したくもない記憶かもしれない

 

どちらも、今のあなたの中に

残っているモノなのかもしれません

 

そして、気づけばワタシたちはもう

受け取るだけの側ではなくなりました

 

自分の暮らしを選び

誰かに何かを手渡していく側になりました

 

受け取ったモノを、そのまま手渡してもいい

自分は受け取りたくなかったモノなら

ここで終わりにしてもいい

 

「ワタシは、どうしたい?」

そこから、自分の暮らしを選んでいけばいい

 

いつか子どもたちが大人になったとき

「あの頃の何でもない時間が、

今の自分を支えている」

そんなふうに思える記憶を一つでも手渡せたら…

 

ワタシ自身が、祖父からもらった

「ここにいていい」

という感覚のように


今度は自分の手で、

誰かにナニカを手渡していきたいと思います

 

暮らしは、ただ毎日を過ごすことではなく

今日の何でもない時間が

いつか誰かの思い出になる



過去から受け取ったモノ

これから誰かに手渡していくモノ

 

その間には、今のワタシたちの暮らしがある


だからワタシはコレからもおかたづけを通して

「どんなふうに生きたい?」

と、子どもたちと考えていきたい

 

それが

「暮らし」を通してワタシが与えられる

教育のカタチ

 

 


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