劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer今回の劇場版 機動戦士ガンダム00 オープニングは130年前に行方不明になった木星探査船が地球に接近して来るところから始まる
つまり、2314年がこの映画の時間軸なので、2184年に人類は木星に探査船を送り込んでいた
その、探査船にはイノベイトも乗り込んでいた
今回の機動戦士ガンダム00では、ELS(地球外変異性金属体)が登場する
ELSに侵攻を受ける地球は滅亡の危機にたつのだろうか
地球から争いを無くす為に武力介入という戦いをする ソレスタルビーイングがもつ矛盾
もし、地球人が宇宙にフロンティアを求めて、すでに先住人がいる星を奪ったら
侵略になるという 矛盾 一つ同じ星に住みながら、戦いをやめれない人類が
もし、地球外生命体に侵攻を受けたら、地球連邦として、一つになって戦うかもしれない 矛盾
ソレスタルビーイングから始まった矛盾は、ついに宇宙にまで向かうということなのか
しかし、その程度の人類の能力では、来たるべき対話に人類が対応できない
人類に変革をもたらす為に、イオリアは「量子コンピュータ」「GNドライブ」「脳量子波」
というテクノロジーを産みだしだ、ただ、このテクノロジーはイオリアが理論化したが
ベーステクノロジーは130年前の木星探査時にヒントがあったのではないだろうか?
映画「2001年宇宙の旅」でディスカバリー号は木星に向かい、木星軌道でHAL2000という
AI型コンピュータが暴走を起こす、ただ一人生き残った船長はスターチルドレンとファーストコンタクトを果たすのだが、やはり、ガンダム00でも、130年前の木星探査時にファーストコンタクトは
あったという事だろう
130年前 TV版 25話 「再生」ラストシーンで木星にGN粒子の光が4つ。。。。
「The Childhood of Humankind Ends」「人類の幼年期は終わった」
木星、そして「The Childhood of Humankind Ends」
というキーワードには実は意味がある
「2001年宇宙の旅」その原作者であるアーサー・C・クラークの小説に
「Childhood's End」という作品がある
この作品のテーマは「人類の進化」なのですが
オーバーロードという宇宙人が人類の国家を解体し
統一し、人類を進化に導き、破滅を迎える地球から
宇宙という新たなフロンティアに旅立つというのが
だいたいのあらすじなのだが
今回の機動戦士ガンダム00では、ELS(地球外変異性金属体)が登場する
ELSに侵攻を受ける地球は滅亡の危機にたつのだろうか
地球から争いを無くす為に武力介入という戦いをする ソレスタルビーイングがもつ矛盾
もし、地球人が宇宙にフロンティアを求めて、すでに先住人がいる星を奪ったら
侵略になるという 矛盾 一つ同じ星に住みながら、戦いをやめれない人類が
もし、地球外生命体に侵攻を受けたら、地球連邦として、一つになって戦うかもしれない 矛盾
ソレスタルビーイングから始まった矛盾は、ついに宇宙にまで向かうということなのか
ただ、その程度の矛盾を抱えている人類は宇宙に進出することは出来ない
つまり、来るべき対話に答えることなど出来ないわけだ

機動戦士ガンダム00という作品はまさに、ストーリーが現実世界から、近未来テクノロジーそして、
来るべき対話と超拡大していくストーリーだった、ほんと、観ている人もまるで、
人類からイノベイターになるぐらいの自分の中に変革をもたらさないと体験し理解出来ない
劇場版作品となったことは
ガンダムの歴史にもインパクトを与えたと感じた
ガンダムって、ニュータイプという新人類から始まったのですが、それは、やはり、最終的には
人類は”来るべき対話”というテーマに繋がるものだったのだと、ファーストガンダムの世界観には
将来的にはこの、ガンダムダブルオーの様な作品に繋がって行く世界観やコンセプトは
すでに、存在しているという事実も、改めて凄いと感じた
ただ、もう、ガンダムマイスターに会えないのは、本当に寂しい限りです
ただ、劇場盤はストーリー的にも1作品完結型だったので、後半、カットが足りなかった感があるので
出来れば、少し、尺を足したディレクターズエディションを出して欲しいというのも
正直なところです
いずれにしても、世界に誇れる、”ガンダム”を生み出して頂いた関係者の皆様に敬意を表します。