夕日の向こう側 | ダニエルの華琳様応援雑記

夕日の向こう側

空が茜色に染まる。
夕日は地面を照らし、人々に夕暮れの来訪を知らせる。
もはや見慣れた、されど飽きる事のない黄昏の一幕。
悠久の時を超えて今なお変らぬ輝きを放つその夕日は、
それを目にする者に様々な感慨を抱かせる。
慈愛、恋慕、望郷、抱く思いは人それぞれであろう。
ならば、その輝きの中に見出す想いも彼女だけのもの
それは、
「雪蓮・・・・」
かの世界にありて彼女の全てであったであろう最愛なる面影。

この屋上の下に広がる校庭では聖フランチェスカの学生達が
散り散りに歩いている。
落日の下、あるがままに散開する者達
ある者は嬉々とし、またある者は後悔にさいなみ、
学生達の一人一人が校庭に様々な彩りを添える。
その千差万別の輝きが巧妙に絡まりあい、
校庭というキャンパスを染める。
校庭に広がる人間模様、
それは正しく一枚の巨大な絵画と言って相違なかった。

フェンスにもたれるように立つ彼女、
その背中を覆う悲哀は、彼女の足元に広がる光景とは対照的に
あまりにも悲しく、儚く夕日に映えていた。
最愛の面影、そして郷愁の念、
自身にとってあまりに尊いが故の想いに押しつぶされそうな彼女の心
俺は今にも崩れてしまいそうなそんな彼女を
これ以上見ていることができず、
「周楡。」
校庭より響く喧騒に負けない声で彼女の名前を呼んでいた。




「北郷一刀」
自分以外の人間が屋上に居た事が予想外だったらしく、
振り返った彼女は眼を丸くして俺を見る、
だが、狼狽したのは一瞬の事、瞬時に隙のないいつもの表情を浮かべる。
「一体何時から其処にいた?」
「いや、あそこで横になって空を眺めてたら周楡の声が聞こえたんだ。」
そう言って、今二人が立っている処からは
ちょうど見えない影の指している場所を指し示す。
「そういう、お前は何してるんだ?」
「別に、ただ景色を眺めていただけだ。
  だが、先にお前がいたとあれば、それも終わりだな。
  後に来た私は去るとしよう。」
言うが早く彼女はこの場を去ろうとしている。
ここで、その去り行く背中を俺が見送るだけならば話はそこで終わる。
それは同時に、俺が彼女に言葉をかけたこの時間の終わりをも意味する。
彼女を引き留めることに躊躇いは感じなかった。
「なあ、もし時間が空いてるなら、話でもしないか。」
「生憎、お前と語り合う話題など持ち合わせてはおらんよ。
  私達が言葉を交わしたところで、共有できるのは気まずさだけだろう。」
碗曲的なされども断固たる拒絶がその言葉にはあった。
”お前と馴れ合う謂れはない”
彼女の言葉に込められたその拒絶は明白だった。
それもそうであろう。かつての彼女にとって俺は
自らの悲願たる天下統一に対する障壁以外の何者でもなかったのだから。
時代は移ろうとも人の心はそう容易くは変えられない。
だからこそ、変わろうとする意思が必要なのではないか。
「そう言うなって。ここであったのも何かの縁と思ってさ。
  話題だって話しているうちに見つかるものだろう?」
「はっきり言わなければ分からんか?私は一人になりたいのだ。」
執拗な引きとめに苛立ってか、彼女は語気を荒げた。
「俺はお前と話がしたいんだ。それでは駄目か?」
その彼女をしっかりと見据えそう言った。
俺の言葉に彼女は少なからず動揺したらしく、言葉を失っていた。
二人を包む沈黙、それを破ったのは
彼女の溜め息交じりの一言だった。
「ふう、、、全く。」
諦めにも似た表情を浮かべる。
「人の話を聞かない奴だな、お前は。」
変らず、突き放した様な響きはあったが
その一言にもはや先ほどの苛立ちは感じられなかった。  
「一体何の酔狂で、そうまで私と話がしたいなどと思うのか、全く物好きな奴だ。
  それにこんなところを関羽に見られでもしたら、後が大変だろう。」
「うっ。まあ、ただの雑談だよ。愛紗だって見境なく手をあげたりしないさ。
  俺の退屈しのぎに付き合うと思って少し付き合ってくれよ。」
怒り狂った愛紗から逃げる自分が容易に想像でき、冷や汗がたれる。
そんな、俺の狼狽ぶりが愉快だったらしく彼女の口元が少し綻んだ。
それは同時に彼女の機嫌を良くすることにもつながったらしい。
「ふう、仕方ない、ここまで言われて拒むのも私の器が知れるというもの。
  話ぐらい付き合ってやるのも筋というものだろうな」
一時の気紛れに付き合うのも一興と、そう溜め息を吐き、誘いを受けてくれた。
ならば、話は早いと、俺は思った事を聞く事にした。
「周楡は、もうこの世界に慣れたか?」
「そうだな・・・もう日々を過ごすに支障はないさ。
  それが自分の意思に関わらずともな。」
この上なく単純明快な問いかけに対する返答はひどく曖昧なものだった。
彼女は暫く目をつぶり、
そして、またゆっくりとフェンス越しの夕焼けに顔を向ける。
「ここに来てはや三ヶ月。まったく時の過ぎるのは早いものだな。」
儚くそして郷愁を秘めた口調。物憂げな瞳が夕焼けをうけて美しく輝く。
俺はただ馬鹿みたいにその横顔を眺めている事しかできなかった。
問いかけへの返答はただその長い黒髪をなびかせる柔らかな風。
意識しないと分からないようなその風音に乗じるように彼女は更に言葉を綴る。
「蓮華様も、穏も、皆すっかりとこの世界に馴染んでいる。
  大喬も、小喬も同じだ。あの世界の事を口にすることはもう殆どない。
  あの世界のことも、雪蓮のことも、今となってはもう遠い昔のことの様に。」
それはもはや過ぎ去りし世界、人は今を生きる為に過去を捨てていく。
大切な存在が人々の心から消えてしまう悲しみは
他ならぬ彼女自身を傷つける事に繋がる。
「彼女達をそうさせたのは北郷一刀、お前がいたからこそなのだろうな。」
自分の名を呼んだその顔に見たのはあまりにも自虐的な嘲笑。
「今やお前の存在は彼女達の心の一部といっても過言ではない。
  それほどに大きな存在。
  でも私は、私の心には、今だ雪蓮がいる。彼女達ほど強くはなれない」
言葉を重ねるごとに陰るその表情、それは紛れもなく彼女自身の弱さ。
「平和な今だからこそ、ふと考える事がある。
  雪蓮が傍に居てくれたら、自分がどんなに幸せだろうかと。
  そして、気付けば彼女の面影を探している。ふふ、全く滑稽だな。
  同様に雪蓮に縁のある大喬や蓮華様でさえ、未来を見据えているというのに
  私一人だけが過去を見つめ、未来へと踏み出せないでいる。
  月日のたった今でも皆と違うものを見ている。
  周公謹も堕ちたものだな。」
そこまで、言って彼女は再び暮れゆく空を向いた。
「ふっ、お前にこんな事を言うとは、夕焼けにあてられてしまったか、
  全く、どうかしてるな私は。戯言だ、北郷、今のは忘れろ。」
正直、彼女が抱くものの重さを知り、俺は言葉を失っていた。
しかし、彼女自身から語られた今だからこそ、彼女を助けたい、と
そういった想いが心の底に芽生えたのもまた、事実だった。

「なあ、周楡」
意を決し、名を呼んだ俺に周楡は顔を向けた。
その瞳をじっと見据え、俺は口を開いた。
「あの時代、孫呉を乗っ取った周楡は俺達に戦を挑み、敗れ、
  そして、自らが火をつけた城と共に最後を迎えた。」
「ああ、記憶にはないのだが、皆がそう言うのであれば事実なのだろうな。」
「その最後を見送ったのは他ならぬ蓮華だ。」
あの時、周楡を飲み込んで焼け崩れる玉座を雪蓮はただじっと見つめていた。
「蓮華様が、そうか。」
自身の最後、それを看取ったのが他ならぬ雪蓮の妹。
つきつけられた事実を前に彼女は
何かに懺悔した様な、安堵した様な複雑な表情を浮かべる。
「その時、華蓮様は何か言っていたか?」
「生憎と、先に俺は先に脱出していたんで、何も聞いちゃいない。
  ただな、一つ確かなことがある。
  蓮華は決してお前の事を恨んじゃいなかった。」
「ほう、何を証拠にそのような事が言える?
  何がどうあれ王が謀反者にかける情などありはすまい」
その顔に浮かべるのはお前に何がわかるとでもいいたげな冷笑、
ああ、今なら分かる。彼女は決して強くない。
ただ、その弱さを他人に知られる事を嫌っているだけなんだと。
だから、この冷笑は自身を守る悲しい鎧。他人を拒絶する孤独の鎧。
だが、それを知ったところで俺は話を止める気はない。
彼女を思う俺の心に偽りはないのだから。
「ああ、確かにないだろうな。但し、それが唯の謀反人であればの話ならばな。
  お前は違うだろう、周楡。蓮華にとってのお前という存在は」
いつだったか、蓮華が言った言葉、周公謹という、冥琳という存在。
それがどれほどに大きなものだったか。
「俺は思うんだ。蓮華はお前の中に自身の姉の姿を見ていたと、
  だから、孫呉の王としてやってこれたんじゃないかと。
  そして、恐らく今でもそれは変っていない。
  だからこそ、ここまで、後悔する事もなくやってこれたんじゃないかな。
  大喬、小喬だってそうだ。彼女らはいつだってお前の事を見ている。
  それはお前の最愛の存在をも愛しているという事だろう。
  勿論、他の皆も同じだ。
  要するにだ、お前がいる限り、皆の心の中からあの時代の、
  孫伯布の足跡が消えることはないんだよ。」
気付けば捲し立てる様にしゃべり続けた俺を、彼女はじっと見据えていた。
その瞳には先ほどまでの嘲笑はもはや見られない。
換わりに浮かべたのは今まで見たこともないような柔らかな微笑み。
「くすっ、要領を得ない話だな。それでは、伝わるものも伝わらんぞ。」
言葉とは裏腹に馬鹿にしたような感じは微塵もない。
「だが、お前が私を気にかけてくれている事だけは伝わった。
  それに関しては礼を言おう」
そう言って、彼女は再び夕日へと向き直った。
黄昏ゆく空を見つめるその瞳に映るのはやはり過ぎ去った過去なのだろう。
しかし、そこにあるのは唯、過去を懐かしむ様な優しい眼差しだけだ。
話し始めた当初の寂しさなどは全くない。
「周楡、変らずに前へと進むことは決して簡単な事じゃない。
  だから、それに苦しむお前も決して弱くはないんだ。
  何より、華蓮達もそんなお前の事を愛しているし、尊敬もしている。
  忘れないでくれ、お前に何かあったら、悲しむ者が生まれるという事を
  お前自身の存在の重さを、お前が大切に思っている者達の思いの強さを。」
もはや、彼女は何も言わない。
「さて、結構時間も経ったし、そろそろ行こうかな。」
「北郷一刀」
言うが早く彼女の傍を後にしようした俺を彼女が呼び止める。
「何だ。」
その呼びかけに背中越しの声で返す。
「この世界で私のことを周楡とは呼びにくかろう。以降は冥琳と呼んでくれ。」
「ああ、分かった。じゃあな、冥琳」
今度こそ俺は屋上を後にした。
気付けばそれまで校庭をにぎわしていた喧騒はすっかり静まっていた。

「ねえ、雪蓮、貴方と共に抱いた夢、残った皆で実現して構わないかしら。
  今度こそ、私は間違えない。貴方の理想をを抱いて、
  蓮華様や大喬、小喬と共に未来を築いていくわ。
  まだ、そこに行くことは出来ないけど、
  ううん、思えばいつだって貴女の温もりを感じる事ができる。
  私にはそれで十分。だから、私達を見守っていてね。雪連