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ハーフの子の糖尿病生活

2012年に1歳で一型糖尿病を発症した、ハーフの娘の記録を中心に書いています。

我が家の愛娘は、日本人とオーストラリア人のハーフです。クリスマスをダディ(パパ)の家族と過ごすため、12月22日にオーストラリアはメルボルンへ出発しました。メルボルンには歳の近い従姉妹がいて、娘もたくさん一緒に遊びました。クリスマスも過ぎ、年の終わりに近づいてきた頃、娘が風邪をひいたようで熱を出しました。風邪薬を飲んで熱は治まるものの、鼻は出るし、とにかく一日中グズグズ不機嫌になってしましました。娘は周りが驚くほどほとんど泣かず、いつもニコニコな子だっただめ、よっぽど風邪が辛いんだな~、旅行で無理させてしまったかな、と思っていました。熱のせいもあったのか、メルボルンは40度近く気温があったせいなのか、普段はあんまり飲まない水をゴクゴク飲むようになりました。


そして2012年になり、帰国。帰りの飛行機では、本当に生きているの?と何度も確認するほどバッシネットの中でず~~~っと寝ていました。「なんて楽な子」と思いつつ、段々心配に。家に着いても昏々と眠り続け、たまにガバっと起きると水の入ったマグに向かい空っぽになるまで飲み干す、という調子。また熱も出てきたので、帰って来た次の日の1月3日、休日当番医だった近所の小児科へ連れて行くと、「風邪と軽い中耳炎」との診断。薬をもらって帰ってきました。薬を飲んで風邪っぽい症状は治まったものの、相変わらず水をガブ飲み。う~ん、なんかおかしい。


実は私の兄は5歳の頃に小児糖尿病にかかり、ずっとインスリン治療を続けています。だから、家の中には糖尿病関連の本がたくさんあったし、小児糖尿病はなじみのある病気でした。糖尿病の一番の症状は、水をやたら飲むこと、と小さいころから知っていたから、私の不安は日に日に増すばかり。そこで、1月7日にもう一度同じ小児科に連れて行きました。糖尿病の不安もお医者さんには伝えましたが、その女医さんは、「おか~さ~ん、病み上がりなんだからのど渇いたって当たり前でしょ」と馬鹿にしたように笑い、同じ薬を処方されました。一応遺伝もあるんじゃないか、と思い聞いてみましたが、遺伝はしないとのことで、安心したような、でも腑に落ちないような気持で帰りました。


その次の日は日曜。月曜は成人の日で祝日だったので、家族で温泉旅行に行きました。娘はまあ、そこそこ元気ではあったんだけど、やっぱりのどが渇くようで水を欲しがりました。そして、オムツを換えて1時間もしないのに、ズボンが濡れるほどオムツパンパンのおしっこをしました。やっぱりやっぱり、どこかおかしい。母に「糖尿病だったらどうしよう・・・」と言うと、「薬局で尿糖を測るスティックを買って調べたらすぐわかるよ。」と言われ、月曜に家に帰るとすぐ調べてみました。すると、尿糖の度合いが一番濃い色に変わり、私の顔も真っ青になりました。やっぱり糖尿病なんだ・・・でも、その日はダディにも誰にも言えず、明日朝一でまた病院に行こうと決めました。

朝病院に行くと、同じ女医さんは、「やれやれ、また来たか」という態度で対応しました。「やっぱり喉の渇きが異常で心配なので、検査してもらえませんか?」と聞くと、ため息をつきながら「はい、じゃあおしっこパックをつけてもらって」と言われ、看護婦さんがおしっこパックをつけてくれました。尿検査の結果が出てからは、あまりに慌ただしく事が進んであまり覚えていませんが、お医者さんもさすがに結果にびっくりしたんでしょう。バタバタと血液検査をされ、数値を見るとすぐに「大学病院に紹介状を書くから」と言われました。数値は言われませんでしたが、後からその機械では測れない位高かったそうです。女医さんは「お母さん、よくわかったね~。あはは」とごまかしました。今思えば謝罪もなかったな~。周りには「訴えてもいいくらいひどい対応だ」と言われますが、町医者なんてそんなものなのかな。きっと心配性のよくいる親だと思われたのでしょう。


そんなこんなで、その日のうちに大学病院で入院することが決まったのです。
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