ブログにおいて丁寧語を使うかどうかは統一しない主義 | Smoolull's time

ブログにおいて丁寧語を使うかどうかは統一しない主義

先日のスリーマン、これがいいイベントに終えられたことは桂司の記事を見てくれればわかるでしょう。

まずバンドがよかった。控室で仲良さそうに話してる写真でもとっておけばブログらしくなったろうけど、とってない。知らん。自分もしっかり写真に入っちゃったりして、芸能人のブログみたいにしてもよかったね。良いわけがないだろう。
人も演奏も良い面子とステージを同じくするのは本当に気分が良かった。だから本当はもっとゆっくりしたかった。
特にグリムは知り合ってから一年越しの対バン。非常に仲良くさせてもらっている。このほとんど友達の出来ない僕が、仲良くしているなんてそりゃあ珍しい。


そして来てくれたお客さんがよかった、なんてそこいらのバンドがよく言うようなことは本当は言いたくはないんだけども、やっぱり良いものは良い。別に人数が特別多かったりとかではない。
イベントは今回6時スタートの10時終わりだったから、ざっと4時間。それを最初から最後まで楽しんでいった人がたくさんいた。もちろん立ちっぱなし。
歌詞を口ずさむ人までいる。
僕の表情まで見ていた人もいるくらいだから、驚いた。


9曲目にやったchainでは、今までにないくらい、憎悪と悲哀と無力感に満ちた演奏が出来たと思う。
というか顔か。
なぜかというと、曲のストーリーの登場人物に感情移入させてみたから。
だからこの曲の時はどうしてもフロアは見られなかった。というか上を向けなかった。
こういうのはどうなんだろうね。このことが表現に一役買えてたのならもっとやるつもりだけれど、あんまり意味ないのならやらない。疲れるから。

まあとにかく、そういう嫌な一面もあるような物語の曲なので、是非とも深読みして聞いてみることをおすすめしましょう。歌詞だけではなくてよ。
特に僕はひねくれたことをするのが大好きだから、そうやってベースを聞いてみると、僕の性格の悪さが判ることでしょう。



そうそう、MCで、線香花火を恋人と一緒にしたことがあるか、みたいな話が出たけれど、
一緒になんてやったことないし、したくもない。
僕は人の腕の上で線香花火がやりたい。
おあとがよろしいようで。

栗原