「何で花が嫌いなの」
と聞かれたことがない。
「花が嫌いだ」
と言ったことがないからだ。
誰にも言っていないけれど私が花を好んでいないことは、私の近くにいる人は知っているだろう。
私の近くにはいつも花がないからだ。
かつて花に囲まれた暮らしをしていた。
庭には欅の木が植えられ ーーそれはいつも枯れているようだった気がするーー、煉瓦で枠組みされた花壇には季節の花や、ハーブや、小さいイチゴ、たしかスイカがあったこともあるーーそのスイカはあまり赤くなく、あまり甘くなかったーー。土の上にピンクと白の貝殻がぺたぺたと並べてもあった。それに何の意味もないことは私にもわかっていた。
部屋の中には至る所、玄関や、隅という隅、一階の長い出窓には鉢植えの観葉植物がずらりと並んでいた。夕方出窓のカーテンを閉める時それらはいつも引っかかって邪魔をした。
台所に向かい合わせたカウンターテーブルの端には花瓶にささった長い花が何かしらいつもあった。花瓶の隣にある電話で立ち話をする母は、その花をその度に弄った。その時の母の姿はどこかに品が感じられた。
私にとってそれら全ては何ということもないことだった。そこにあるというだけのことだった。
母のことが大好きな弟はーーだからだと私は信じているのだがーー、母の好きな花が、母と同じように好きだった。二人はしょっちゅう庭に出て花の手入れをし、部屋中の花に口の細いジョウロで水をやった。
「あなたも何か育ててみたら」
と言われる日が来たのは、当然のことだった。そこで私は聞いてしまったのだ。
「お母さんは何で花が好きなの」
と。それはいわば面倒な事を断るためのきっかけ、クッション、挨拶、そんなような言葉のはずだった。
「花があればこの家が
明るくなったように見えるでしょ」
花があればこの家が明るくなったように見えるでしょ。
花があればこの家が明るくなったように見えるでしょ。
今ではもう空でも言えるこの言葉を、私はこの先何冊の小説を読み、何冊のノートに書き物をし、いくつの言葉を集めても他のものに置き換えることはできないと思う。
十五歳の私はーーこんなに悲しい台詞はないーー、と思った。それはもう、犯罪を自白した我が子に返すものの一つも見当たらないような心許なさだ。これはずいぶん大人になってから思いついた例え言葉だ。
私が適当な返事をしたから、翌日二階の私の部屋の出窓には白いプリンカップみたいなカップに埋め込まれた丸いサボテンが置かれた。
「たまに水をやるだけでいいから」
と母が言うのに続けて、
「そのうち花も咲くから」
と弟が言った。
花があれば
この家が
明るくなった
ように
見えるでしょ
その一言に、この家の全てが詰まっていた。私の過去と現在と未来がもはや出来上がった形で詰まっていた。
この家は、花があっても明るくはならない。この家が明るかったことを誰も知らない。だから、知らないから明るくはならないだろうけれど、明るくなったような気にすることはできると、母はそう考えたのだ。
なぜそんなことをするかと言えばそれは、この家によく似た両端の家と向かいの家に、我が家をーー普通にーー見せるためだ。普通になることは、兼ねてより私や母の夢であり望みであり欲だった。けれど母は私の知らぬうち、すでに普通になることを諦めていた。
今思えば、隠そうとした瞬間からほとんどの事は本格的に始まり、本格的に終わるのだろう。
家族は壊れ始めたのではなく、壊れているのでもなく、もはや壊れたのだと夜の街灯の白色の射す出窓の上のサボテンを触りもせず眺めながら思った。
何のために。
何のために花を置く。何のために明るさを求める。何のために普通に見せる。何のために幸せなふりをする。何のために両親は夫婦でいる。何のためにこの家族は家族で有ろうとする。
何のために。
何のためにこのサボテンはここにある。何のために私はこのサボテンに水をやる。
全く不自然なことだった。思えば自然なことがなかった。父が幾度幾度と暴れ散らすことも母を縛り付けることも、母が母の言うーー守るーーという名目で私たちと花をここで育て続けることも、母が大好きなくせに呑気に母と花を育てる弟も。それでいて家族であろうとしながら普通になろうとしないこと、その上見栄を張り、普通にーーこの辺りの住宅街で言う普通、つまり幸せそうなーー、に恐らく私を含め全員が執着心を抱きこだわっていること。
サボテンは一度も水をやらぬうち茶色くなって死んだ。生き物を大切にしないなんて、と母は悲しそうに怒っていたが、土に生えた花を切って花瓶にさして早々に枯らすことと、一体何が違うのか私には分からなかった。庭の花壇の色とりどりの花も、本当に我が家の庭で咲きたかったかと問い詰めれば首をかしげる気がした。
生き物を大切にしないなんて、なんて台詞が言えるのになぜ母は自分を大切にしないのか。なんて聞くつもりもなかった。私は生き物だけど、大切にされている気がしないんだけどと、余計なことを付け足してしまう気がしたからだ。生きて生かしてもらっていること、そのものに感謝の念を持つようにともうとっくの昔に学校で習った。その意味も理解できるし、その通りだとも思った。大人は大変だって、祖母も言っていた。
私の近くには今も花はないが、たった一度このアパートにも花を置いた日があった。
夫がプロポーズの時に手に持っていた恐らくバラの花束を、よろしくお願いしますの返事の際に受け取った。嬉しかった。ただ嬉しかったのは緊張と私への愛ではち切れそうな彼の顔と、それを心底愛しいと思う自分の感覚が幸せという言葉にぴったりだったからだ。その時でさえ私にとって花は例えば、クリーニング屋さんでたまにもらう生活応援グッズや、保険屋さんからもらうティッシュについているキャンディみたいなものだった。
感謝と幸福の気持ちの記念にと、ダイソーで生まれて初めて透明なガラスの花瓶を買って花束をさしてテレビ台の隅に置いた。ものすごく不思議な気がした。すでに同棲していた彼は帰ってくるなり花を見て、
「花があると部屋が明るくなるね」
と言った。
だからもちろんそうだねと頷いた後、
「花がなくても明るい家族になろう」
そう言った。









