エジプトの旅(その2) ルクソール(王家の谷)
その1でも書きましたが、ナイル川の西岸は死者の国で砂漠の中にわからないように墳墓群が存在しまさに死の国の様相でした。ラムセス二世の奥さん(たぶん二番目)で絶世の美女であったネフェリタリの墳墓です。残念なことに中の撮影は禁止でしたが、実に見事なレリーフを楽しむことができます。
入り口の説明板にあったレリーフ像です。
発掘当時の様子。
王家の谷の全体像を表す模型です。小さな点は数々の王達の墳墓の所在位置です。全体に植物一本はえていない荒涼とした砂漠地帯でまさしく死者の世界です。
王家の谷入り口です。ここが先ほどの模型が示す墳墓の数々です。
有名なツタンカーメンの墳墓です。中には布を取り払ったツタンカーメン王のミイラが安置されています(写真撮影は許可されていません)。埋葬品の数々はカイロ博物館にあります。王は左足が悪かったそうで病弱、若干17歳で亡くなります。ツタンカーメンを一躍有名にしたのはその豪華な埋蔵品の数々で、在位の短い王でも貴重な数多くの黄金とともに永遠の眠りについておりもっと力を持っていた王の墳墓はいかばかりのものであったか、当時の王権の巨大さが想像されます。
数々の諸神を乗せた黄泉の国へむかう船だったか・・・?
王家の谷の裏側にあるハトシェプスト女王の葬祭殿です。当時エジプトでは女王の存在は認められておりませんでしたが、運命と権謀術数で最初の女王となったハトシェプスト女王の葬祭殿です。設計者はセンムトと言われており、おそらく女王と二人三脚で権力を築いたのかなと思われます。
約3500年前の建造物できれいな形で観光することができます。
ハトシェプスト女王の葬祭殿近くにあるメムノンの巨像と呼ばれるものです。元はアメンホプテ3世の葬祭殿の入り口を飾る巨像でしたが、地震で右の石像にひびが入り夜明け方人のうめき声のようなものが聞こえたと言い伝えられています。








