2014年8月レンヌでの学会とヨーロッパのユダヤをめぐる旅(その2)

レンヌへ行く途中フランクフルトで一泊。ユダヤ人街博物館へ行きましたがここは一年間の休館。残念!ロートシット家(英語名ロスチャイルド)跡地の博物館も月曜日でお休み。ついていませんでした。この建物のすぐ裏がゲットーの跡で小さな敷地に何千人と暮らしていたと聞き劣悪な環境に置かれていたことが容易に想像できます。夜になると門に錠をかけられ外出できなかったいうことです。ロートシット家発祥の土地です。

この塀で囲まれた一角がフランクフルトゲットーで、中には立ち入れませんでしたが、いくつかのユダヤ人GRAVESTONEがあるのみでした。

壁一面にナチの犠牲になった方のネームプレートがはめ込まれていました。名前と生年と没年そしてアウシュビッツといった没した地名が記載されていました。ナチによるホロコーストを最大最悪なものとしても、かなり以前からヨーロッパ大陸ではユダヤは差別され忌み嫌われてきました。理由はわたくしにはわかりませんが、その一方でユダヤを代表するロートシット家(赤い盾という意味だそうです、赤い楯を看板にしていた)がこのゲットーから生まれ18世紀19世紀20世紀そして今の現代も、また日本も含め世界に大きな影響力を持つ存在となっています。この地はユダヤの光と影をあらわすそんな象徴的な場所だと思います。レーマーやゲーテハウスもいいですが、ここにきて世界の歴史を考えるのもいいかなと思います。

左の建物がユダヤ人街博物館、塀が連なるところがゲットーです。シナゴーグが立っていたところみたいですがナチに破壊されたとプレートに書いてありました。

ホテルから見た早朝のフランクの街並み。中世の街並みががところどころ残りのどかな気分にさせられました。次の旅はプラハの予定で、カフカを読み返しています。カフカもまたユダヤ人でいろいろな意味で影響しているのかなと思っています。学生のころとは違った読み方ができそうです。