皆なぜか明るく人懐こい性格をしていたので自然と仲良くなっていき、お互いの仕事探しを応援しあっていたところでそのうちの一人がパッキング工場での仕事を紹介してくれました。
大きな理由は私に車があったから

ラッキーでした。車、買ってて良かったです。
そして、台湾人とお友達になっていたことも良かったです。なぜなら、彼らのコミュニティーは広く、コネクションはとても、とても強いからです。
よって彼らのほとんどが友達の紹介で好条件の仕事をゲットしています。
とてもいいシステムだと思いました。羨ましかったです。日本人はどちらかというと自分のことは自分で!他人は他人!という感じがあったので、情報集めなどは彼らと比べると苦労していると思います。その分人生の経験値はアップしますが 笑
紹介してもらったパッキング工場での仕事
・Devonportという町のはずれにある、野菜専門の大きめなパッキング工場
・$18 週だいたい40~50時間
・人参、ブロッコリー、ビーンの選別&箱詰め
・ブロッコリーは5時半から13時くらいまで
ビーンは9時から17時半くらいまで
・シーズンは 12月末~5月半ばくらいまで。
(配属される場所によっては早めにシーズン終了)
*工場内は寒く、一日中立ちっぱなし。流れてくるビーンをひたすら選別するのでたまにめまいに襲われました。楽ではありませんでしたが、歩合制のピッキングよりは全然いいと思います。
派遣会社に登録しなければなりませんでしたが、そのため最低賃金以上の時給が確約され、シェアハウスも用意してくれていました。その後の、タックスリターンも時期になると派遣会社がまとめてメールをしてくれるので楽でした

台湾人の間ではこう言った派遣会社に登録してファームジョブをゲットするのが主流なのかなといった感じでした。
私がこの時登録した派遣会社もそれがわかっているようで、オーストラリアの会社ですが台湾人スタッフを多めに配置していましたし、さらには台湾にもオフィスがあるそうです 笑
(私的にはオススメです。この方法。派遣会社に登録することでまた人脈が広がり、次の仕事もすべて友達の紹介という形でゲットできる可能性大)
私はビーンのシーズンをメインでやっていたのですが、ビーンは他の野菜に比べてシーズンが短く約3ヶ月で終了となりました。
シーズンがそろそろ終わるなーとなった頃、まだ少し2ndの日数が足りていなかったので次の仕事先を探していましたが、これも同じビーンの仕事をしていた友達がグレープピッキングを紹介してくれました。
理由は私に車があったから
(2回目)早速紹介してもらったピッキングファームへ電話をすると、「今日中に来て欲しい」と。
急いで荷物をまとめて、みんなにお別れを言って夕方には出発できました。
仕事仲間、結構バラバラのシェアハウスに住んでいましたが違う街へ移動することを伝えたらみんな会いに来てくれて、お弁当までもたせてくれました

本当にいい仲間と出会えたと思います。彼らとは今でも仲良しです。目指す場所はBichenoという東にあるこれまた小さな町で、私がいたDevonportからは3時間だったかな、、、?
まだかろうじて明るい夕方に出発して、ちょくちょく道を間違え、野生動物の飛び出しに心臓をバクバクさせ、やっとの思いで新しいシェアハウスに到着しました。
ピッキング仲間でホリデー用のロッジを借りていて、見た目とても大きく綺麗なおうちでした。
私に仕事をくれたのは、ピッキングファームのオーナーから人事を任せられているイケメン台湾人のバッパーで、私がそこへ向かうまで度々「無事か?!」と電話をくれました。笑
他のハウスメイトも9割台湾人だったので、これまた覚えた中国語を披露しながら話していたらあっという間に仲良しになれました

次の日から早速仕事に。
グレープピッキングの内容は
・時給$18 週だいたい35時間
・7時からだいたい14時くらいまで
・ワイン用のぶどうを2人組でペアになってひたすら収穫。
ピッキングは基本歩合制だと思っていたのですが、ここは時給でくれました!
ただ私が入った頃はひと段落した後のようで、労働時間は少なかったです

まぁ元々2ndの日数目当てだったので良しとしました!
暑いなか外での作業で、斜面を登ったり降りたりが心配だったのですが
グレープは箱(ビン)が小さめなので運ぶのも重くなく、スピードも早くやらなくちゃ!っていう感じではなくて、和気藹々とした雰囲気だったのですごく働きやすかったです。
ここでも仕事仲間はほぼ台湾人と日本人が2、3人、ローカルが10人くらいでした。
私が出会う台湾人はこぞって日本人に友好的で、通りかかるたびにいろんな人が話しかけてくれて嬉しかったですし、何かと気にかけて面倒を見てくれて助かりました。
ここの仕事環境は最高でした!!!めちゃくちゃ楽しかったです!
無事に2ndの必要日数もクリア!!
紹介してくれた友達に感謝です

私はラッキーだったのかもしれませんが、友達の紹介だと比較的簡単に仕事ゲットできますので、ぜひバッパーに滞在した際は積極的にいろんな人と交流を図ってみてください。
私の場合は、バッパーを離れた後でも心配して仕事がないなら紹介してあげるよー!という気前のいい友達が何人もできました。
もちろん、彼がら困っていたら私も出来る限り助けてあげながら。
その結果、2年間職探しに困らずお金に不自由することのないワーホリ生活を送ることができました。
私のワーホリ、はじまりの地。
日本から飛行機を2つ乗り継ぎ、24時間かかって辿り着いたハート形をした島。
飛行機を降りたら辺りは真っ暗、小さな空港を出てバスに乗って、乗り継ぎの空港で予約した人生初めてのバックパッカーズに向かいました。
夜に着いたので食料の調達ができなくて、水道水もこの時は飲んでも大丈夫なのかがわからず、荷物を少しほどいてから熱いシャワーを浴びて、何も口にしないまま空腹を我慢して寝ました。
上には仕事探し順調にいっているような感じで書いてあるかもしれませんが、それまでにいろいろありました。
WWOOFをしていたため友達が全然できなくて、仕事探しも期待を裏切られて時間とお金を無駄にしたこと、何度もありました。
お金がなくなってきて、頼れる人がいなく一人ぼっちだと感じて。
加えて入国した時期は、春。タスマニアの春は想像以上に寒くて、知らない街で、とても心細かったです。
なるべく外に出て綺麗な景色を見たりして、自分で気持ちを前向きに持って行こうと頑張りましたが、その時はワーホリ生活を心から楽しいと思うことはできませんでした。正直辛かったです。あれだけ楽しみにしていたのに、思い描いていたワーホリとは程遠いものでした。
一人でいるのがどうしても辛かったので、同じバッパーに泊まって人と積極的にコミュニケーションを取るようにしました。
挨拶から始まり、近くのスーパーや図書館に一緒に行ったり、ご飯を作り合うようになったり。少しづつ、少しづついろんな人と仲良くなっていくことで気分もだんだん前向きになってきました。
仕事探し、もう一回頑張ろう。そう決めた矢先に、バッパーの友達が仕事を紹介してくれたんです。
実は一人だけじゃなくて、他の友達も後から仕事を紹介してくれると連絡がありました。
日本の友達も、私から音沙汰がなかったのでどうしているか連絡をくれました。
いろいろとうまくいかなくて、ずっと下を向いてばかりいた気がしますが、ふっと顔を上げた時みんなが心配してくれていました。それに気づいて心がとてもあたたかくなって。
一人でいた期間があった分、この状況がとてつもなく嬉しくて。ありがたかったです。
私が出会ったワーホリ生はほとんどが、カップルか友達と一緒にオーストラリアへ来ていました。私がたった一人で来たと話すと口を揃えて「勇気があるね。」と少し驚くくらい。
そんなんだから、最初はなかなか話しづらかったんです。
確立された輪のようなものがあったから、私が一人で入るのは勇気がいりました。
でも、
飛び込んでよかったです。
その先が、いい人たちのもとだったから私をその輪に入れてくれて、
その輪が気づいたらどんどん、どんどん大きくなっていって。
大げさですが、私はあの時の自分に感謝しています。
辛い状況でも、逃げ道を選ぶのをちょっとだけ後回しにして
もう少し踏ん張ってみよう気持ちを持って
自分の環境を変えてみようと挑戦してくれたこと。
あっという間に100人の友達ができた。そんな感じでした。
その友達が笑顔と感動いっぱいの素敵なワーホリ生活をくれました。
今の彼とも出会わせてくれました。
どこに行っても、やっぱり大切なのは人とのつながり。
これからどんなことがあっても、またどこに行っても
それだけは大切に、大切に守っていきたいです。
ということで、
結論:2ndの仕事を探すには、、、、
人脈を作るのが一番の近道!
加えて
派遣会社へ登録して、仕事を紹介してもらう方法が違法賃金などの心配もなくおすすめです!(気になる方へは個別で私が利用したエージェントを教えます
)そして、
台湾人とお友達になると図らずも得をします。笑 ぜひ、友達になってみてください

では

HAPPY NEW YEAR♡♡