言葉を
軽く使いたくなくて
伝えるべき相手には嘘を吐きたくなくて
だからなんとか必死に、拙くてもほんとうの音を
発したいと思うようになってきたのだけど
口から飛び出す前に
身体の中がぐさぐさに荒らされていくようで
とっても痛い。いたい。
自分をも痛める言葉を
他人に吐いていいものか
わからなくなるし
他人にはもしかしたらまったく刺さらないのかも知れないと思うと崩れ落ちるような虚無感を覚える。
いまこの瞬間に伝えなければ
何故傷があるのかも忘れてしまうし
言わずに過ごすよりは、と思うのだけれど。
わたしは自分の想いや言葉の棘にまだ、責任を持てないのかも知れない。













自分の価値は他人からの評価によって決まるものではなく
自分自身を肯定することで見出せるものだと思う。
思いはするのだが
まだまだ届かない。
埋められない不安を他者で補おうとするのはきっと愚かで無意味なことだ。
こんなこともう何度も考えている。
いつまで繰り返すのだろう。
いまのこの悩みは過去のそれと何か違うのだろうか。
同じところをぐるぐると巡っているのではないか。













今日のタイトルは
いまのテキストの、終盤に出てくる台詞。
帰りの電車で何となく反芻してぶわっと鳥肌がたった。
誰かを、丸ごと失う。
あらゆる言葉や場面が走馬灯の如く頭の中を駆け巡り、死ぬのかと思いましたが全然ピンピンと生きて帰れました。
こわい言葉。
言えるかこれ。
言うけど。
痛みを込めて言いたい台詞だった。
と、急に思い知った。











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先日お散歩してた時に見つけたお花。
この日のお散歩はとても素敵だったから
また別の機会に書きます。