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東京都・国立市のマンションが突然解体されることになった。

解体されるマンションは、国立駅南口を出て、富士見通りと呼ばれる道を10分程歩いた場所にある。


建設中であった『グランドメゾン国立富士見通り』は積水ハウスが手掛け、総戸数18戸の地上10階建てのマンションで「国立富士見通りに10年振りの分譲マンション」をうたっていたが、「建物周辺に与える影響の検討が不十分」だったとして、6月4日に事業の廃止届を国立市に提出し、解体されることになった。

なぜこのような事態が起きているのか。現場近くに住む筆者が取材にあたってみると、意外な「舞台裏」が見えてきたーー。

▪️完成間近のマンションが解体されるのは「非常に稀」

7月には引き渡しが決定されるマンションが突如として解体されるのは異例の事態になる。不動産関係者に話を聞くとやはり「レアケース」だという。

「かなり稀な事例ですね。マンションが突如解体されることは基本ありませんが、例えば何らかの建築基準を満たしていない違法建築である場合、土地所有者との権利関係によって事業が中断、中止することはあります。しかし、景観が悪くなるためといった理由での解体は初めて聞きました」(不動産関係者)

事態を重く見たためか、積水ハウスは6月11日に説明文書を発表し、内容は以下の通りになる。

<地域住民、国立市と協議を重ねましたが、その中で2回にわたる設計変更を行い、地域の皆様に配慮した設計を目指しました。しかしながら、マンションの完成が近づくにつれて、富士山の眺望に与える影響を最優先する判断に至り、事業の中止を決定した。法令上の不備はございません>(積水ハウス説明文書内要約)

2021年2月に行われた、最初の住民説明会以降、マンション建設の改善要望として意見書を提出。2回目の意見書は108通に及び、建設反対の署名は780通に達していた。

▪️国立市への陳情で目立つ「景観への要望」

2022年1月に行われた第三回住民説明会では建設計画を変更し、当初の計画の11階建て(36.9メートル)から、10階建て(33.12メートル)への変更、プライバシーの観点によるバルコニーの縮小のほかは小規模の変更となり、意見書に書かれている改善要望は軽視され、積水ハウス側の譲歩は高さを変更することのみとなっている。
近隣住民から国立市への陳情は低層階化への要請、日照問題、風害対策、プライバシーの問題の改善があり、中でも景観への要望が目を引き、それがわかるのが要望理由だ。富士見通りにある北側商店街の住宅は2~3階建ての建物で構成されているため、本件のマンションの高さは異常に高いことが自明であり、中には6階が適当な高さであるという意見もある。富士見通りは東京都富士見百景にも選ばれた市民の貴重な財産である。学園都市建設を発案し、何代にもわたり培われたまちづくりの文化があり、このことより都心、郊外から国立市への移住をもたらすことが市民の誇りである。なぜここまで景観を重要視するのか。陳情書の中には、『歴史的に育まれてきたまち並みと環境を守り育て、後世に引き継いでいくことを基本理念としなければならない』という一文が国立市まちづくり基本理念として書かれている。住民たちは条例を軽視して建設を進める積水ハウスに対し、常に対話を求めてきた。しかしながら、積水ハウスは市民の声、国立市という土地柄を理解せず建設に踏み切った。

▪️国立市民はどこか「楽しんでいる」様子

前述のとおり、基本理念に基づいて行動していることがわかるが、実際の国立市民はマンションの解体については何を思っているのだろうか。市民の声を聞くと、マンション建設に対しては反対意見もあると同時に、小さな街での大きな出来事であるため、どこか楽しんでいるような様子も見受けられた。取材に応じてくれたのは、マンションが有名になったため、カメラを片手にマンションを記念撮影している地元の男性になる。「建設工事をしていたのは知っていましたが、まさかこんなことになるとは思わなかったので写真を撮りに来ました。普段は地元の人しかいない場所に報道陣が多く来ているのでお祭りみたいな気分です。地味な街なので人が注目しているのは面白いですね」国分寺と立川市の間にあるため国立市と名付けられた日本で4番目に小さな街。文教地区に指定されているため人の多く集まる歓楽街のような場所はない。そのため、いつもとは違う賑わいを見せていることに対し住民は浮き足立ち、記念撮影をしている人も多くいた。次にマンションの建設に反対だった住民に話を聞くと、解体が決定した後も納得がいかないことを話した。「特に説明もないまま押し切って建設をしたなら、解体についてはしっかりと説明してほしい気持ちがあります。建設の日程はすぐに決めるのに、解体についてはいつ始まるのかさえ分からない。中途半端だね」住民との対話がしっかりとされないまま建設されたこのマンションは、解体についても説明書でアナウンスされただけであり、解体の日程やその後の活用方法などは未定のままとなっている。積水ハウスの対応に不満を持っている市民も少なくはない。

▪️過去にもマンション建設で裁判が起きた「国立市」

国立市では1990年代以降、高層建築構想が持ち上がり、その度に市と市民によって争いが起きていた。

1994年には市民によって景観条例の制定を求める直接請求によって1998年に国立市都市景観形成条例が制定されている。こうした条例が制定されている中で国立マンション訴訟問題は幕を開けた。建設されたマンションが「景観権」を侵害するとして周辺住民からマンションの部分撤去を求められ東京地裁の一審では、高さ20メートルの高さ以上部分の撤去を命じた。この高さ制限は周囲にあるイチョウ並木との調和させるためになる。この裁判は最高裁までもつれ込み、2006年には環境権が社会権として認められた裁判となっている。これ以外にもマンション建設を巡り行政、市民、事業者間で複数回の裁判が行われ、事態は泥沼化し、関連の裁判は2016年まで行われていた。昔に比べて薄れてはいるが、国立市民の意識は、主体的に行政に参加する権利を行使しやすい環境や、過去の裁判による成功体験を含めて非常にリベラルなもので、地方自治のような小さな枠組みであっても、自分たちの権利を獲得するための過程が国立市全体に織り込まれているということになる。ただし、筆者が取材をした限りでは住民によって「解体騒動」に対する態度は様々である。街に注目が集まって喜ぶ人もいるということは意外だった。