「可能性の一つ」という考え方
最近頭にきたことですが別に私生活ではありません。
学校が始まったのであまり感じなくなりましたが、休みの間にテレビでよく国会とメディアのやり取りをみてました。
我思いました。本質を考えて議論をしてんのか?
例えば永田元議員の問題について、永田元議員が間違った証拠を基に行き過ぎた質問をしてしまったわけで、批判の矢面に立たされました。これは仕方がないと思います。でも彼が実際にしたことの本質は何か?を考えてみると意外に純粋な動機だと気がつきました。
当時彼が明らかにしたかったことは「一人の国会議員の親族が、証券取引法の違反を犯したようなIT企業の社長から不正援助があった」ということだったと思います。
この情報を信じ込んでしまい、歯止めが利かなくなってあの問題になってしまった。
考えて見ましょう。国会やメディアでのやり取りの中でメールを追及しようとした永田側も追求で迷惑をこうむった武部幹事長側も人とのやり取りの中で可能性の一つという考え方に反するミスを犯しているんだなと思います。
永田元議員の場合、情報提供者との間で例の情報を知らされたとき正しいか正しくないかの二通り受け取る選択肢があったのにもかかわらず正しいを自分の決定とし、100%正しいと考えたことです。可能性の一つではなく可能性は一つと捉えたと思います。
武部幹事長側の問題は、メディアと世論も含めて「辞めなくてはいけない」という意識ありきでの議論です。懲罰の選択肢は大きく三つありました。懲罰の三つの選択肢は、本人の口からの辞職、委員会での決定での辞職、ある程度の処分をもって議員を続けるということ。
段階を踏んで考えます。
少し戻りますが永田元議員はなぜあの質疑を行ったかを考えると簡単に言うと「悪は許せない」という一言で言い表せるでしょう。
次に「そもそも国会議員は何をしなければいけないか」を考えると国を発展させるとか国民を幸せにするといった直接的なものと同時に、権力を持ってしまう人々が集まるために職権濫用ということに対して自浄することだと思います。
つまり、自分たち自身で自分たちの活動をクリーンなものとすることも重要な仕事だろうということです。
この二つを合わせると、悪を正そうとした永田元議員の行為は表面的には間違いではあるが、本質的には議員としての責任を果たすという使命感があった。こうなります。
表面的な問題は、武部幹事長のご子息と永田元議員の私的な名誉毀損にかかわることなので本人同士で解決すべき問題なので国会は関与すべきかというとすべきでない。
そこで考えるべきことは、「国会議員の資質が欠けていたか?もしそうなら国会議員としてどう責任を取るか?」です。
議員としての責任として辞職云々の話は、発言の中身は間違っていたというのはうなずけますが、議員の資質が欠けていたかというとどうかな?と思います。むしろ議員としては正しい使命感だったんじゃないか。
上で書いたように、動機は正義感で結果は大間違いだった。良いことと悪いことの矛盾がありました。
ここで僕が考えたいのは、永田元議員が辞職したか否かではありません。国会議員が責任を取るというのは大変難しく辞職となるのは十分ありえることです。というか結果はどちらでもいい。
僕が言いたいのは、結果ではなく思考のプロセスの話です。世の中の人が「辞職しろ」と迫るまでに考えるべきことがあったし論点がずれているんじゃないか。そう思います。
メディア、世論、議員たちは、簡単に言うと「発言が間違いだから辞めろ」と言いました。でも問うべきはそんなことではなく、「議員のあるべき姿であったかそうでなかったか」です。
To be or not to be,that is the problem.という有名な言葉があります。直訳すると
そうであるかそうでないかそれこそが問題であるとなりますが、この言葉は前に何が省略されているかで意味が違ってきます。前に置かれたのがmistakeなのかwhat he should have doneなのか。(細かい英文の用法は突っ込まないで)
ここでメディアを含めた世間は、「mistakeを問うべきだと疑わず可能性の一つではなく可能性は一つとしてしまった」のではないかと思いました。
こう考えると、国を動かす立場にある人がメディアそのままに流れに乗って論点がずれたまま勢いで辞めろという圧力をかけるという情けない議論に終始したことに疑問と腹立たしさを感じました。
みんなが知っているネタで良い例が国会ネタだったので題材にしましたが、結局書きたかったことは題名の通り「可能性の一つという考え方」これの欠如です。
僕は私生活のトラブルを極力避けるためにも役立つ考え方だと思います。もちろんこの考え方にも賛否あって然り、賛否があると考えることはまた賛成にしろ反対にしろどちらも可能性の一つという考え方をもつことになりますから。
初め思ったより長くなりすぎてすいません。難しく面白くない話ですが、自分の中で結構大事な考え方だと思います。赤は主に実際に世間の正しいだろうという事実やメディアが取り上げていたことで青は本質として見えたもので緑は自分なりの考えとわけたつもりです。