こんばんは。


自己紹介でもお話した私のマインドが

荒れていくきっかけとなったのが、
初めての出産。


酷いつわりから始まった妊娠生活も
妊娠後半にはアクティブに活動していました。


ビビっていた出産も比較的安産で息子誕生。


入院中は、ドキドキしながら初めての育児に緊張。
いよいよ退院。


退院直前にお医者さんより
言われたのが、


「お子さんの心臓に中程度の障害があります」


その言葉に、頭真っ白、思考停止。


退院直後から1ヶ月検診までの間は不安と
心配に翻弄されていました。


恐怖の世界に息子と2人放り出された気分でした。


退院前に医師から、


「順調に成長している目安は、
ミルクを飲んで体重が増えている事」


と言われたので、


ミルクの飲み方には特に気を使いました。


母乳をあげる前後に体重をはかり、


飲んだ母乳の量から足りない分を細かく量ってミルクを作る。


哺乳瓶の消毒も念入りに。


夜中の授乳の際も同じやり方でやっていました。


2時間おきの授乳で睡眠不足。


夜中に気づいてあげれなかったらどうしよう
という不安にもなりました。


更に、時間がとれるとネットで病気の事を調べては


不安が増えるばかり。


「かなりの確率でダウン症を併発しており
その場合は20歳まで生きる事ができない」


という記事を見つけて


「せっかく生まれたわが子が大人になるまで

生きる事ができなかったら…」


「私の妊娠中の生活が悪かったのかも…」


と悪い事ばかり考えていました。


産後サポートするために上京してくれた母に、


「神経質すぎるんじゃない?」


「いとこの〇〇ちゃんは、

2人も育てているのにおおらかにしてるよ」


と言われ、自分の育児を否定された気持ちになり、


険悪な雰囲気になる事も多々ありました(笑)


産後1ヶ月は特に不安が強く、


ある時火がついたように泣いて


体中の皮膚が網目模様になった息子を見て


これは、心臓に悪いのではないかと


夜中に病院に連れて行ったりもしました。


幸い1ヶ月検診で新しい主治医の先生より


中程度の障害についての適切な説明を受け、
(手術をしないといけない重度と

放っておいてもよくなる軽度の中間)


適切な心配の仕方も教わり、心は随分軽くなりました。


そうして産後2ヶ月が過ぎた頃に発生した東日本大震災。


我が家は平日は夫が地方にいるため、母一人子一人。


今度は、


「母子2人の時に東京に震災が来たら私だけでどうやって守るか」


そんな不安に襲われたり、


放射能の影響が極力ないよう西日本が産地の食材を求めて
遠くのスーパーまで歩いて買い物に出かける日々。


こんな毎日を送っていたので、


私自身、1~2ヶ月に一度は熱を出すようになり、


寝込んだら息子のお世話がちゃんとできない不安になる、


息子が0歳の頃は、ひと時も休まらない毎日が続きました。


(続く)