かつて、日本人は天地自然のことを自然(じねん)と呼んでいました。 

生きていると、自分と反対意見の人が必ずいる。![]()
色んな視点から物事をみるので、様々![]()
同じ考えを持っている人とは波風がたたないのですが、実は、その人と本当に話が通じあうのか?
と言われると、そこまでもいかないものです。
自分がやろうとしていることの真逆な人。
反対意見を言う人は避けたくなります。実際に、私も含めて、人とゆうのは、そんなもんです。
しかし、どうしても通じ合いたい人には、正面から
キツイかもしれないけれど、ガツンと伝えることも必要だし、向き合うことで、初めて超えられる道が見出せます。
そこを超えたとき、初めて人と人とが心が通い合う体験体感をします。
人とゆうのは、人と比べたり、自分と違う意見や何かを誰かに求めてる場合、何故?なんで?で、執着しすぎて、考えすぎ、どんどん、コンフォートゾーンに入りこみます。![]()
人の言動や、行動で感情の浮き沈みがでますので、人との関係でそれをせずに当たり障りのないところにいると、何も超えられず常に自分が我慢して終わるようになります。
誰ともぶつからずに仲良くというのは、ただ自分が我慢しているだけに過ぎません。
私が、感情をニュートラルに生きる方法は、たった一つ!
自然を見ること!朝の空の色で、今日は、富士山が見えるか?見えないか?などがわかります。![]()
昔は、天気予報などがなかったために、前日やその日の空や、風の流れで、天気を予想したものです。
その自然から得るたくさんの感情を、再び、自ら呼び起こす時が、今の私達や、未来の生きる子供たちに、必要なのではないか?と思います。
地震などの災害のときには、言葉に尽くせないいろいろな思いを超えていかなければなりません。
自然とは破壊があって再生があり
再生があって破壊があり、この繰り返しの中でどんなものも培われていきます。
いろいろなものが調和していて又変化しており、止まっているものは一つもない。
人の悩みの多くは、思い通りにいかないことが原因です。
しかし、自然を考えてた時
果たして自然と共に生きている人間が
自分の思い通りに生きることはできるのでしょうか?
そこに決まった答えなどないと思うのです。
自然は、良い悪いも選択をしない
何かのせいにもしない
何かにも期待しない
それが、じねん(自然)と共に生きていく、楽な生き方ではないかと?私は、思います。



